アレステアの裏表
チェリシラを見るなり、アレステアの頬に一筋の涙。
アレステアが泣くから、チェリシラは強く言えない。こんなに心配かけたんだ。
「あのね、ありがとう。
私の為に、頑張ってくれているんでしょ?」
「チェリ、大好きだよ。
生きていてくれて、ありがとう」
チェリシラとアレステア、お互いに微笑み合ってはいるが甘い空気にならない。
常にアレステアの一方通行なのに、めげることはない。おそるべしファーガソン公爵家の血筋である。
そんなことをジェネヴィーブは思っていた。
公爵夫人が身体が弱いのは分かっているが、公爵が夫人を抱き上げて移動するから運動がないことが夫人の身体をさらに弱める一因である。ジェネヴィーブの説明を、納得して聞いていたチェリシラである。
子供の頃に知り合ってそれが普通になっている夫人と違い、チェリシラはダークシュタイン伯爵領で自由に動いて来たのだ。アレステアに拘束される生活は耐えれない。
きっと、あれダメ、これダメ、危ない、心配だ、と言われると思うと、愛されるってツライってどころではないだろう。
こんなに美形で、私のことが大好きで、優しいのに。
はぁ、とチェリシラが溜息を洩らせば、アレステアが包帯が巻かれたチェリシラの腕に手を添える。
「痛いのだろう、ゆっくり休んだ方がいい。
チェリの顔を見れたから、私は王宮に戻るよ。絶対に犯人に報復するから」
チェリシラとジェネヴィーブに告げると、アレステアは部屋をでていく。
王都の警備である第4部隊に犯人がいて、第4部隊が隠匿しているなら、犯人の痕跡がないのも頷ける。
警備に紛れて襲撃をし、部隊の軍服で逃げれば、誰も不審に思わない。
アレステアは馬を王宮に走らせながら、グラントリーと導いた結論を考える。
ギラッシュ夫人は、第4部隊と繋がっている。
証拠がなくとも、潰してしまえばいいのだ、
チェリの痛々しい包帯姿、3日も目が覚めなかったのだ。
チェリが体験した恐怖を思い知らすために、ギラッシュ夫人のいる離宮に火をかけようか。
王が邪魔だな、グラントリーの立位を早めた方がいいな。
王の後ろ盾があるから、愛妾がのさばるのだ。
優れた王であるのは、王妃が優秀であるからだ。実務の半分は王妃が決済をしている。
グラントリーが学生でありながら、政務をしているのも王妃を助ける為だ。
チェリシラの前では笑い、涙をながしていたアレステアは、今は表情がない。
王宮に着くと警備の兵に馬を預け、速足で王宮に入って行く。
ジェネヴィーブとチェリシラが襲撃されてから、学院には登校していない。
ずっと、王太子執務室で対策を立てている。
扉をノックすることもなく、執務室の扉を開く。
グラントリーが僅かに視線を動かしたが、すぐに書類に戻す。
「チェリシラ孃はどうであったか?」
「ジェネヴィーブ孃の薬で良くなったとはいえ、痛みはかなりあるようです」
アレステアは、自分のデスクの椅子引いて座る。
「陛下は最近、王宮で過ごされて離宮に行ってないようだ」
グラントリーは、さらに続ける。
「用事もないのに、母上の所に来るらしい」
王妃は社交の華として、長く君臨するほど美しい人である。
ギラッシュ夫人とは対局にある。
ギラッシュ夫人も若い頃は、評判の美人であったが、4人も子供を生み、子供は乳母にあずけて執務をすることもなく、毎日のようにお茶会をしていれば、体型が崩れるのも当然である。
ヘンリエッタ王女にまとわりつかれていたので、アレステアの愛妾に対するイメージは最悪である。
「王も王妃陛下の良さがわかったのではないか?」
アレステアにすれば、王妃と比べてギラッシュ夫人のどこがいいのか理解できない。
「それこそ、今更だ。 愛妾にうつつを抜かす夫など、母上はとうに切り捨てている」
グラントリーは、王としてしか父親をみない。