ジェネヴィーブの目覚め
ガン!
アレステアが壁を叩く。
先ほど見たチェリシラは痛々しかった。
青い顔、顔半分に貼られたガーゼ。
布団に隠れた手にも足にも火傷で包帯を巻いていると、医師から説明を受けた。
生きて戻ってこれたのは、ゼノンとヤーコブの早い始動と、火傷をしながらも燃え上がる馬車の中に飛び込んで連れ出したおかげだ。
燃える馬車の中にいたのに火傷が軽傷なのは、チェリシラの羽で身体を包んでいたからだ。
自分は側にいなかった。
アレステアは、壁に頭を押し付けて肩を震わせた。
「アレステア」
グラントリーが様子を見ていたが、時間が惜しいと声をかける。
ジェネヴィーブの姿が瞼から離れない。痛かったろう、怖かったろう。
ベッドに横たわる姿はピクリとも動かなかった。
思わず息をしているかと、確かめたほどだった。
いつも自信満々で、王太子にも怯まないジェネヴィーブの弱々しい寝姿。
あんな姿を望んでいない、いつも笑っていて欲しい。
「ああ、グラントリー。絶対に犯人を見つけてやる」
アレステアが顔をあげて、睨むようにグラントリーを見る。アレステアの瞳は赤くなっている。
それは怒りによるものと、チェリシラを守れなかった不甲斐なさによるもの。
「ジェネヴィーブは王太子妃候補とはいえ、確定にちかい。
その彼女が狙われ、大怪我を負った。絶対に許しはしない」
アレステアの拳は強く握られ震えている。
人通りの多い王都で、人目に付かず火矢を用意するなど、権力があると証明しているようなものだ。
実行犯も黒幕も、絶対に逃がしはしない。
「陛下も気にかけておられる。
王宮に戻ったら、まず報告だ」
グラントリーとアレステアは速足でファーガソン公爵邸を出て、馬に飛び乗った。
暗くなった部屋でジェネヴィーブは目を覚ました。
窓の外は、すでに真っ暗だ。
「痛い」
身体を動かそうとして呟いた言葉で、側の椅子に座っていた侍女が、ジェネヴィーブが目覚めたと知って立ちあがる。
「ジェネヴィーブ様、すぐに医師を呼んでまいります」
助手が寝室を出て行き、侍女はジェネヴィーブがベッドに起き上がるのを手伝い、水を飲ませる。
ジェネヴィーブは、隣のベッドにチェリシラが寝ているのを見て、安心する。
「私の部屋の机の上に置いてある箱を持って来てもらえる?」
水を飲んで落ち着いたジェネヴィーブは、侍女に言う。
その箱の中には、公爵夫人に処方した薬が入っている。
西部の山で採った薬草と僅かなアルコール、そしてチェリシラの羽を細かく砕いた粉を混ぜ合わせた物だ。
ゼノン殿下とヤーコブが助けに来てくれたのは覚えている。彼らも無傷ではあるまい。
「お嬢様、無理をされてはいけません」
寝室に入って来た医師は、ジェネヴィーブが半身を起こしているのを見て驚いた。
あれだけの事件にあったのに、ジェネヴィーブが落ち着いているからだ。
普通の貴族令嬢ならば、小さな傷でも大袈裟に痛がって騒ぐのも珍しくないのに、ジェネヴィーブは痛いであろう身体を起こしているからだ。