ゼノンの疑惑
王家からの短い距離が長く感じる。
アレステアもグラントリーも馬を駆けながら、気ばかり急いでいた。
ファーガソン公爵邸は、ただならぬ緊張が張り詰めていた。
玄関前に着いた馬から飛び降りて、アレステアとグラントリーが屋敷に駆け入る。
「アレステア様、こちらです」
待ちわびたように、家令がアレステアとグラントリーを2階の居室に案内する。
常なら王太子に礼を欠かさない家令も、今はそのような状態でないと分かっており、王太子自身が望んでいない。礼をされるより、早く状況を知りたい。
ツインのベッドの寝室とサロンには医師と助手。数人の学生がいた。
皆が治療を受けたらしく、包帯を巻いている。その中でゼノンが立ちあがった。
「僕が追い付いた時には、すでに馬車は火だるまになっていて」
アレステアとグラントリーが寝室に入り、ベッドで眠るジェネヴィーブとチェリシラを見る。
手に包帯が巻かれているのがわかる。
アレステアが口元を手で押さえながらベッドに近づく。
寝ているチェリシラの手を取り、痛々しい包帯にアレステリアの涙が落ちる。
「誰がこんなことを。絶対に許しはしない」
グラントリーはジェネヴィーブの傍らで拳を握りしめている。その拳が震える程、力が込めれられていて、視線は眠るジェネヴィーブから離れない。
「王都で貴族令嬢を襲うなど、王家の威信をかけて犯人を処断する」
寝室には女性助手と侍女がついており、アレステアがいくつか指示をして、アレステアとグラントリーは寝室を出てサロンにいる医師と学生に礼を言う。
「危険を顧みず、よくぞ助けてくれた。その勇気に礼を言いたい」
「殿下、公子、ご令嬢の症状ですが、火だるまの馬車の中にいたわりには、火傷は軽傷です。ただ、煙を吸った為に意識がもどるのは、時間がかかりそうです。
それと馬車が暴走したせいで、打ち身が数か所あります」
医師が治療の内容を説明する。
る
それから、学生達が目撃した報告と証言。
学院の帰宅中に、目の前のファーガソン公爵家の馬車に火矢が射られたこと。
ファーガソン家の馬車は、馬が火で興奮し暴走したこと。
自分の家の馬車の馬を外して騎乗して追いかければ、同様に皆が助けにきたこと。
ゼノンが興奮する馬を殺して止め、他の生徒が暴走する馬車の車両を壊して勢いを止めたこと。
「僕が馬車に飛び込んだ時は、まだ二人に意識はあり、ジェネヴィーブ孃が妹君を守るように抱きしめていました」
ゼノンが馬車の中の様子を話す。
「助けを見て安心したのか、意識を手放したようです」
ゼノンはこの場では言わないが、馬車に飛び込んだ時、ジェネヴィーブとチェリシラは、白い何かに包まれていたように見えた。ソレは一瞬で消えてしまった。
ゼノンが見たのは、チェリシラの翼だ。
ジェネヴィーブとチェリシラを守るように、翼で二人を包んで、火の粉から守っていたのだ。