ロンの正体
もう次の町に着いただろうか。
ロンは馬を駆けながら、ジェネヴィーブの事を考えていた。
また会うとは思わなかった。
クラブでジェネヴィーブを見つけた時の、胸の高鳴りは経験したことがないものだった。
ロンの愛馬は国でも有数の駿馬である。とうに国境を越え、いくつかの町を過ぎた。
国境の山でロンとジェネヴィーブは出会った。
ジェネヴィーブは薬草を採集に、ロンは国境の状態を確認をしに来た隣国の人間だった。
国境の町を統治する伯爵の城に、ロンの馬は駆けて行く。
そのロンの姿を見た警備の騎士が駆け寄って来る。
「殿下、副官がお待ちです」
騎士の言葉に分かったと返事したロンは、馬を騎士に預けて城の中に入った。
「殿下!」
すぐに副官のイーガンが駆け付けて来た。
「視察に来ているとはいえ、単独行動はおやめください、と何度も申し上げたはずです」
「悪かった」
「絶対に悪かったなんて思ってなくて言ってますよね」
ははは、と笑いながらロンはイーガンに外套を預け、代わりに書類を受け取る。
歩きながら書類を読むのも慣れたもので、ロンにとって時間は常に足りないものだ。
「この報告書の裏は取れているのか?」
「すでに事務官と武官を向かわせています」
イーガンの方も慣れた様子で状況を報告する。ロンの判断を待つことなく、状況判断できなくばロンの副官は務まらない。
「ゼノン殿下から急ぎの手紙が届いてます」
城で与えられた部屋に入ると、イーガンが手紙を出した。
ゼノンは8歳離れている同母の弟だ。
ロンの名前は、キラルエ・アノール・アドルマイヤ。アソルマイヤ王国王太子である。
ゼノンからの手紙は、ジェネヴィーブ・ダークシュタイン令嬢の事だった。ゼノンからの手紙は最近その名前ばかりだ。
そして、今回は学院の試験結果を書いてあった。
「凄まじい才能だな。是非、我が国に欲しい。
それほどの才能ならば、軍備にも有能だろう。新しい武器を考えるかもしれんな。
ゼノンが気に入っているようだが王子妃ではなく、王太子妃として国に縛り付ける方がいいな」
王太子妃、自分の妃と言いながら、キラルエの頭にはジェネヴィーブが思い浮かぶ。
あの娘も、賢かった。
だが、他国がその才能を手にすれば、大きな脅威だ。
学院に編入したということは、ギレンセン王家が囲い込むのだろう。まずいな。
キラルエは、そのジェネヴィーブ・ダークシュタインがランとは思っていない。
王都の学院にいるジェネヴィーブが、国境の山にいるはずなどないのだ。
我が国の脅威になるようだったら、消すしかない。
キラルエも若い女性を殺すのはしのびないが、ジェネヴィーブが武器を開発すれば、我が国の兵士が万単位で命を無くす可能性もある。
「イーガン」
キラルエは、ジェネヴィーブの調査をイーガンに命じる。イーガンは影か諜報部に指示を回すだろう。
キラルエは結果が早く正確に出れば、取る手はなんでもいい。