残された男達
「手が止まっているぞ」
アレステアがグラントリーの机の書類を指す。
「あ、ああ」
あわててグラントリーが書類を手に取る。
学院から帰って来てから、王宮の王太子執務室で報告書を読むのが、グラントリーとアレステアの日課だ。
学生で仕事量が少ないとはいえ、王太子の公務として地方視察にも行くし、書類決済もする。
「僕は、早く家に帰りたいのです」
アレステアは、チェリシラがいるファーガソン公爵邸に早く帰りたい。
「サクサクと仕事を片付けますよ」
ペンの走る音だけが、静かに響く執務室で、アレステアはグラントリーに視線を動かす。
仕事をしているものの、普段の勢いがない。
「気持ちはわかりますよ。私だってチェリが一緒に行っていたら気が気でなかったでしょう」
小さく溜息をついて、アレステアが言う。気が気でないどころか、絶対に付いて行くに決まっている。
「ジェネヴィーブに信頼のある護衛も付けている。
彼女の才能は、王家に必要だ。薬草の知識まであるとは思わなかった」
グラントリーは、書類を読みながら返事をする。
「彼女を気に入っているのでしょ?」
「そうだな。
外交に語学力は絶対条件だ。ジェネヴィーブならば通訳なしでこなせる。
あれだけの知識があれば、王妃となって様々な分野の総指揮になるだろう。
他国に流出させるわけにいかない」
「おまえな・・」
そんなに、ジェネヴィーブが心配で気もそぞろなのに、まだ王妃に相応しいから、と言うのか。アレステアは呆れた。
母である王妃の哀しみを知っているから、正妃しか娶らないと言っているくせに、父親である王と似た事を言うんだな。王妃として相応しいから選んだ、なんて。
それで、あのジェネヴィーブが結婚するとは思えない、もっと素直になった方がいいぞ。
最初に、好きな人と結婚したい、と言ってたじゃないか。
グラントリーが選ぶのではない、ジェネヴィーブが選ぶのだ、と分かれよ。あの二人には、王家や公爵家は魅力じゃない。
「後3日すれば、戻ってきますよ」
アレステアの言葉に、グラントリーの手がピクンと揺れる。
「速く戻って来てくれないと、チェリが元気がなくって」
「ダークシュタイン姉妹は、仲がいいからな」
グラントリーは、いつもの穏やかな笑顔とは違って、楽しそうな表情をする。
「ところでチェリが、クラスでハブられているんですよね」
どうしてやろうか、とアレステアが暗い笑みを浮かべる。
「それは、アレステア、おまえが休み時間ごとに行くからだろう。誰も近寄れない」
グラントリーが、アレステアを非難する。
お互い、自分のことは棚に上げて、人の事はよく見えている。