公爵令嬢と侯爵令嬢の密会
平穏な毎日が過ぎていた。
チェリシラはクラスで浮いていて、学院に復帰したヤーコブが付き添っている。ジェネヴィーブは、女子生徒達が王太子に気づかれぬように、皮肉を言われていた。
王太子とファーガソン公子が、ダークシュタイン伯爵姉妹と共に昼食を取るのは見慣れてきたころ、3年生は試験が行われた。
実力試験なので、範囲はなく、いつになく難易度の高い問題が出題された。
その結果は順位表として掲示板に張り出されたが、今回は異様な雰囲気になっていた。
1位はジェネヴィーブで、その答案が張り出されていたのだ。
答案が張り出されるなど異例のことで、しかもその答案が凄まじい。
編入試験の時のように、余白にびっしりと注釈が書き込まれていて、専門家でないと理解できない内容も多い。
『ダークシュタイン姉妹は、編入試験という裏口入学をした』
誰が流したか、このような噂が学院のあちらこちらで聞かれていた。
それを払拭するのが、この答案だ。
「すごいな、これ半分以上、知識が追い付かない」
「こっちのは、4ヶ国語で回答を書いてるぞ」
「学院じゃなく、研究所に行くべきだろう」
「だから殿下が付いているのだな」
皆が感嘆して褒め称えるのを、マリリエンヌは唇を噛み締めて見ていた。
マリリエンヌも、ジェネヴィーブが才能あるのを分からないわけではない。だが、マリリエンヌは王太子妃にならねばならないのだ。
今まで、最有力候補として君臨してきたのを、田舎娘に取られたなんて思われたくない。
勉強ができても、それだけで王太子妃は務まらない。
ヘンリエッタ王女を使おうと思っていたのに、学院に出て来ない。
「マリリエンヌ様、掲示板はすごいことになってますわね」
マリリエンヌに声をかけたのは、サマンサ・ベントーラ侯爵令嬢。
「王女様のことで」
こちらに、とサマンサはマリリエンヌを誘導して、裏庭に行く。
「私にヘンリエッタ王女から手紙が届きましたの」
サマンサは手紙と言いながら、持っているのは小さな瓶。
「ギラッシュ夫人から、内密に融通を受けたそうです」
マリリエンヌは、その瓶を見つめる。
国王の愛妾であるギラッシュ夫人が、秘密に持っていたとなるとまともなものではない。
国王の寵愛をかさにきて、道理に反することも押し通してきた人である。
「それで、ヘンリエッタ王女はなんと?」
マリリエンヌは瓶を手には取らずに、手を払って片付けるように指示する。
「とてもお怒りですわ。
今なら、こちらのいう事はなんでもききそうです」
ヘンリエッタが無期登校禁止の処分は知られていないが、チェリシラとのトラブルで学校に来れないのは誰もが想像していた。
「ええそうね、その瓶は王女の持ち物、ですものね。
ダークシュタイン令嬢と問題をおこしたのも王女殿下。ダークシュタイン令嬢がいなくなって欲しいと1番に願っているのも王女殿下ですわ」
ホントに、とサマンサが口元をあげれば、マリリエンヌもハンカチで口元を隠す。
瓶の中の液体が、日差しを反射して茶色く光る。
まともな物ではない。
どれほど強力かもわからない。
もしかして、ギラッシュ夫人は正妃を亡き者にしようとして、これを隠し持っていた?
それじゃ、かなり強いわよね。
声に出さなくとも、マリリエンヌとサマンサは視線だけで同意する。
どうやって、いつ試しましょうか?
あのテストでジェネヴィーブが類まれな才能であると証明している。王太子妃に相応しい、と言う者も出て来るかもしれない。
「できるだけ、早くがいいですわね」
サマンサが言うのを、マリリエンヌは微笑んだ。