初日の終わり
濃い一日だった。
チェリシラは、迎えの馬車に乗ると背伸びをする。
「大丈夫?」
横に座るジェネヴィーブが、チェリシラを覗き込んでくる。
「お姉さまは大丈夫でしたか?」
同じ編入の初日だ、ジェネヴィーブも大変だったのではないか、とチェリシラは思う。
「うーん、編入生だから注目を浴びたぐらいかな。
グラントリー殿下とアレステア様が同じクラスだから、問題はなかったわよ。
ただ、休み時間に殿下がかまってくるから、嫉妬の視線が強かったわよね」
婚約者候補だし、グラントリーが問題になりそうな事は排除するのだろう。
「なんか嫌われているの。
今日、初めて会ったクラスメイトによ、どうしてかなぁ?」
チェリシラが両手を口元を覆った。
「チェリ」
向かいに座るアレステアが身を乗り出してくる。
「1学年にはヘンリエッタ王女がいるからだ。
王位継承権のない彼女は、帝王学はもちろん王家のしきたりを学ばない。
だが、父親である王は愛妾の子供を優遇するために、王女は王家の権力を使えると思っている。
学院は、貴族や王族の交流の場でもあり、切磋琢磨していく場だ。
王族としての教育を受けていない王女は、ロイヤリティを身に付けていない。義務を果たさず、もってもいない権力を王の威光で振りかざす。
分かってはいても、下位貴族には逆らうことが出来ない。
王女にとっては、編入するほどのコネクションや知識がある者は面白くないのだろう」
自分の存在を脅かす者がくるかもしれないから、いじめて追い出そうとした。
チェリシラはバカバカしいと思う。
王女が編入生を殴っても、王がなんとかするだろうと王女も周りも思っているという事だ。
「今までも、そういう事があって王が処理したのね?
王がそれじゃ、離反する者も多いんじゃないの?」
話しを聞いていたジェネヴィーブが、アレステアに問う。
「愛妾関係以外では、有能な王だ。
グラントリーを東部の視察に行かせたのも、自分達の目で現地を確認するためだ。
そこで貴女達に会えたのは、私達には僥倖でした」
アリステアの視線は、チェリシアの頬を見つめている。
「チェリ、ヤーコブ・ヒンボルトは1週間の登校禁止となりました。
彼は指示しただろう人間の名前は出さず、一人で責任を取りました。
私は彼を、クラスでチェリを守る為に使います。彼も納得してます。
この1週間は、ファーガソン公爵家から人をやり、護衛としての教育を受けさせます」
「えー?
ヒンボルト君より、私の方が強いと思うよ?」
チェリシラがヤーコブの姿を思い出して言う。細くて頼りなさそうだった。可愛い顔が緊張感がなくって、
ちょうど公爵邸に着いて、馬車の扉が開けられた。
アレステアに先に降りると、チェリシラに手を差し出す。
馬車を降り、ジェネヴィーブとチェリシラを公爵夫人の部屋に送って行く。
いつも午後から、公爵夫人の熱を測っていたので、今日は時間が遅くなってしまった。その後、お茶で学校の話をするのだろう。
ジェネヴィーブとチェリシラが、公爵夫人の部屋に入って扉が閉まると、アレステアは眉を寄せて歩き出した。
私のチェリシラを殴って、ただで済むと思うなよ。
あの痛々しい腫れた頬。
王がグラントリーを王太子としている限り、関与するつもりがなかったが、もう違う。
ヘンリエッタ王女、どうしてやろう。
アレステアは、これから王宮に行くと家令に告げた。
グラントリーも手伝わせてやろう。