医務室の密談
「のおおおお!」
1時限が終わると同時に、アレステアはチェリシラの教室に来て、チェリシラを見つけた言葉がこれである。
「私の可愛いチェリの可愛い頬が腫れている」
可愛いを2回も言っているよ、と言われているチェリシラは冷静だ。
殴られた後、すぐに冷やしたので痛みも少なく、腫れも少ないはずだが、アレステリアは気づいたようだ。
教室の生徒が啞然とアレステアを見ている。
王太子の側近にして護衛、アレステア・ファーガソン公子。
常に王太子と共に行動し、冷静にて沈着な人間と知れ渡っている。その公子が悲鳴をあげたのだ。
「あのね、教室に入った途端、自己紹介も何もしないうちに、王女サマが突然なぐってきたの。
結婚相手を取られたとか言って」
正しい事を言っているが、ずいぶん端折ってチェリシラは説明する。
頼れる者は何でも頼れ。虎の威を借りるのを躊躇しないチェリシラである。
ヘンリエッタ王女は無能だけでなく、害悪だな。
グラントリーと王の関係は悪くないが、愛妾の子供となると違ってくる。
王はグラントリーを王太子として認証しているが、王位継承権がないということで不遇にならないよう愛妾の子を優遇している。
チェリシラが傷つけられたことで、アレステアは王女を排除対象と考えたが、王の存在が支障である。
「ケガをされたと聞きましたの。王女様大丈夫ですか?」
医務室で休んでいるヘンリエッタ王女に面会者だ。
3年のマリリエンヌ・ヌガデウィン公爵令嬢と2年のサマンサ・ベンドーラ侯爵令嬢である。
「編入生に暴力を振われたとお聞きしましたわ。
王陛下もお知りになったら、さぞご立腹されることでしょう」
「ヌガデウィン公女、ベントーラ侯女、お見舞いありがとうございます。
もうすぐ迎えがくるので、帰るつもりですの。肩をケガしたので、しばらくは登校できそうにありませんわ」
教室の時とは言葉使いも違い、王女らしく振る舞うヘンリエッタ。
「どうぞ、マリリエンヌとサマンサとお呼びになってくださいませ。
私達は王女殿下と、ゼノン王子の婚姻を応援してますのよ。
ギレンセン王国とアドルマイヤ王国の親交を深めるためにも」
王位継承権のない自分達は王子、王女と呼ばれはしても、現王の治世の後は不安定な立場である。王が爵位を用意するが、愛妾の産んだ王子は高くても伯爵だ。
王位をめぐって内乱を避けるために、なにもかも取り決められている。
そういうこともあって、高位貴族は顔は知っていても付き合いは多くない。
ヘンリエッタも彼女達が、何かの思惑の元で来ているのは分かっているが、今は味方が多い方がいい。
「私の事もヘンリエッタとお呼びになって。私が一番年下ですから」
「まぁ、恐れ多い。では、ヘンリエッタ様とお呼びいたしますね」
サマンサがニッコリ微笑む。貴族令嬢として教育され洗練された微笑である。
「ヘンリエッタ様をケガさせた編入生のことを調べましたの。
ダークシュタイン伯爵家の次女だそうです。王太子殿下とファーガソン公子が東部視察に行かれて会われたとか。
長女が王太子殿下の婚約者候補で、次女がファーガソン公子の婚約者だなんて、あまりに急すぎますわ。
王族や貴族としての手続きも何もないそうです。
気に入られたのでしょうけど、田舎娘が新鮮に見えただけで、いつまで続くでしょうね?
きっと、ゼノン殿下も同じですわ」
そうでしょう?と、マリリエンヌが指を口元に寄せて笑顔をつくる。
ヌガデウィン公女が王太子の筆頭婚約者候補であることは有名で、ベンドーラ侯女はファーガソン公子を狙っているのか、とヘンリエッタは確信する。
「ええ、あの泥棒猫に身の程を教えなくてはなりませんね。
マリリエンヌ様、サマンサ様」