王太子と王子の駆け引き
「ダークシュタイン伯爵令嬢姉妹は、我がファーガソン公爵家がお預かりしているご令嬢達です。
全てのお申し出は、ファーガソン公爵家が取次ます」
アレステアが前に出て、チェリシラを背に隠す。
反対にチェリシラは様子が気になるが、大人しくアレステアの後ろにいる。
アレステアが仲介をして、収めようとしているからだ。
当事者のジェネヴィーブは、グラントリーが出て来た時点で思考を放棄した。
王族二人の表情は穏やかな分、ジェネヴィーブには不気味に思うからだ。表情を変えることなく静観に徹することにした。
「編入試験の時に見たご令嬢を忘れられず、ずっと待ち続けていたのです。
ダークシュタイン伯爵令嬢なのですね」
ゼノンが殊勝にジェネヴィーブに訴えれば、グラントリーも神妙に返す。
「先ほども申したように、彼女は私の婚約者と内定している。
王子は、義妹の婚約者候補として留学しているはずだが?」
二人は単調に話しているが、腹の探り合い、相手の出方を伺っている。
「すでにご縁が無かったと返事をしているので、ただの留学生ですよ」
ゼノンも無理はしない。
ジェネヴィーブの古語を聞いたが、それ以上は知らない。ここで無理をする必要はないのだ。
ただ、あの古語は、魔法使いがいたと称される時代の言葉なのだ。
僅か少数だった魔法使いは迫害され、歴史から姿を消した。魔法使いと呼ばれているが、魔法を使えていたかは確証がない。
あの古語を完璧に話せる者は残っていない。
ジェネヴィーブがどの程度話せるか興味深いが、多くの学者程度ならば強く出る必要はない。
兄の返事を待って動いても遅くないだろう、とゼノンは考えていた。
「ゼノン殿下、これから編入クラスの確認などの手続きをせねばなりません。ここで失礼させていただきます」
アレステアがチェリシラの手を取り進もうとすると、見学の人垣が寄って道が出来る。
ジェネヴィーブは王族であるゼノンに一礼してから、グラントリーに手を取られた。
その姿を見送るのはゼノンだけではない。多くの学生が見物に集まっていたからだ。ファーガソン公子と王太子殿下が編入生を特別扱いしているのが周知され、編入生を嫌悪する者もその中に含まれていた。
マリリエンヌ・ガドウィン侯爵令嬢、王太子妃最有力候補と言われていた令嬢である。彼女も正門前で騒ぎを見ていた。
編入の手続きに事務室に行くと、ジェネヴィーブとチェリシラは学長室に案内され、そこでグラントリーとアレステアは自分の教室に向かう。
ジェネヴィーブは3年のAクラスでグラントリー、アレステアと一緒である。チェリシラは1年のAクラスに編入することになっていた。
「入学おめでとう。私は学長のダニエル・ブラッドリーだ」
二人を出迎える学長の名前を、ジェネヴィーブは知っていた。歴史学者で、その著書も読んだことがある。特に古代遺跡の研究で高名である。
「お会いできて光栄です」
ジェネヴィーブとチェリシラが挨拶をすると、ソファーに座るように勧められる。
学長だけでなく、副学長、各学年主任が揃っていて、ジェネヴィーブに編入問題のことを聞いてくる。
チェリシラは面白そうに、ジェネヴィーブの受け応えを聞いていた。
これよ、これ。お姉さまの才能を見せつける為に、学院に来たのだもの。
さすが、私のお姉さまよ!
まだ話したそうな学長を止めて、3年と1年の学年主任が二人を教室に連れて行こうと立ち上がった。
「そろそろ1時限目の授業が始まる。
クラスに案内しよう」