特別扱い
答案用紙を採点していた教師達は大騒ぎをしていた。
チェルシラの答案は、支障なく授業についていけるだろう、というものだったが、ジェネヴィーブの答案が問題だった。
グラントリーから実力を隠すことないように言われたせいで、やりすぎたのだ。
正解を書くだけでなく、問題の趣旨への問いかけ、はては問題の解釈によって2通りの解答があることまで検証してあったのだ。
それを時間の限り、全問、全教科注釈を付けられている。
特に外国語に至っては、各問題を4ヶ国語で解答という凄まじいものだった。
ジェネヴィーブが王都の学院のレベルを知らなかったせいでもあるが、教師陣が驚愕する編入試験となった。
すぐに推薦者である王へ報告され王も驚くのだが、学院では大騒動になっていた。
学院始まって以来の神童だ、王の推薦も当然だ、と教師たちは興奮している。
そうなると、ジェネヴィーブが他の生徒と同じ授業で大丈夫なのか、となってくる。ジェネヴィーブの才能を学院で育てたいと教師たちは思ってしまうのだ。
ジェネヴィーブに師と呼ばれたいと教師達が画策するなど、ジェネヴィーブもグラントリーも誰も、考えも及ばなかった。
編入試験だけで、ジェネヴィーブは特別となった。
それを、好意的に受け止める人間ばかりではない。
伯爵領で着慣れた装飾の少ないドレス。
質はいいが、腰のリボンと衿元のレースだけのドレスがジェネヴィーブとチェリシラの装いだ。
ファーガソン公爵家では、ジェネヴィーブが公爵夫人の熱と脈を計り体調管理して、その後チェリシラも混じってお茶をするのが慣習になった。
最初は、妻に他の人間が寄るのを嫌悪していた公爵も、公爵夫人が楽しそうな様子に認めるようになった。息子でも男が近づくのはダメだが、女の子ならいいらしい。
それどころか、夫人とジェネヴィーブ、チェリシラがお互いの髪を結い合う姿を見るのが、公爵とアレステアの楽しみとさえなっている。
「お待たせしました」
チェリシラが玄関に来ると、すでにジェネヴィーブとアレステアが待機していた。
編入試験から5日、ジェネヴィーブとチェリシラの初登校である。
チェリシラだけ学年が違うので、アレステアは心配でならない。
「こんなに可愛いんだ。男どもが近寄って来るに決まっている。
ああ、チェリを見る男の目を潰してしまいたい」
アレステアと公爵は間違いなく親子だ、と思わせる言葉である。
3人で馬車に乗り込むも、穴が開くほどチェリシラを見つめるアレステア。
おそるべしファーガソン公爵家。
アレステア・ファーガソン公子、絶対に学院でモテていると思う。
ジェネヴィーブはチェリシラの学院生活に不安があった。
アレステアを慕う女子学生から虐められるのではないか、理不尽な事をされるのではないか。
それを知ったアレステアの報復を想像しても恐ろしい。
だが、本当の恐ろしさは馬車が学院に着いた後だった。
ファーガソン公爵家の馬車はどこでも注目をされる。それだけ、アレステアが重要人物であるということだ。
最初に降りたアレステアがチェリシラに手を差し伸べると、周りから声があがる。
登校の馬車にアレステア以外が乗っていたことはなかった。
それは、ファーガソン公爵家の馬車がどこかに迎えにいったか、公爵家から一緒に来たかしかないからだ。
しかも降りてきたのが、見知らぬ少女。
アレステアのエスコートでチェリシラが降りた後、ジェネヴィーブが降りた。
「やぁ、待っていたよ」
ジェネヴィーブに声をかけてきたのは、ゼノンだ。
ジェネヴィーブは初対面であるが、覗き見をしていたゼノンは編入生の登校を毎日待っていたのだ。
「どなたでしょう?」
今にもジェネヴィーブの手を取ろうとするゼノンから下がって、ジェネヴィーブが丁寧に確認する。
貴族の子弟が通う学院でも、ゼノンの衣装は高級と一目で分かるからだ。
「僕は、ゼノン・タジーナ・アドルマイヤ」
アドルマイヤと聞いて、隣国の王族というのは理解できたが、自分に声をかけてくるのがわからないとジェネヴィーブは無表情に徹する。
「美しい令嬢、どうかお名前を・・」
ゼノンの言葉は途中で途切れた。
走って来たグラントリーが、ゼノンとジェネヴィーブの間に割り込んで、ジェネヴィーブの手を取ったからだ。
「ゼノン王子、私の婚約者が美しいのは同意するが、馴れ馴れしくされるのは困るな」
きゃあ!
集まっていた学生達から阿鼻叫喚の声があがり、まだ候補、と訂正したジェネヴィーブの声はかき消された。
それよりも、グラントリーとゼノンが睨み合い、アレステアがそこに参戦して大騒ぎになった。