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7.異変

 子孫。


 《タイサ》のその発言に《リン》がその白い頬を赤らめたのを、おれは確実に視認した。


「彼の『指」』の●●●●【能力】と、《リン》中尉の【能力】は、軍事委員会で実施したABL-DNA試験によれば、相当相性がいい――よい【能力】をもった子どもが生まれる可能性が、非常に高いのです。まあ、これは秘匿情報なんですがね」


 秘匿というわりには、《タイサ》はまるで世間話でもするかのようにしゃべっている。おれの後ろには体育教師が馬鹿みたいに突っ立ったまま居るっていうのに。


「だから表向きは『監視』、これが第一の目的かもしれないが、軍事委員会としては将来の国防および国内秩序維持のための礎として、この二人には親密なカップルになってもらい、できるだけたくさんの健康な子どもを産んで育んで欲しいのですよ」


「待ってくれ、《タイサ》。何か、打ち合わせと話が異なってきているようだが。私は彼を私の配下に置くために、ここにやってきた。それだけのはずだ」


 ……。


 何か、会話の雲行きが怪しくなってきた。さっきから一致団結しておれの【能力】を利用しようと画策していたらしい《センセー》と《タイサ》だが――ここに来て、意見の不一致?


「なのに、子孫とは何だ? そんなことは聞いてない。その娘――中尉は、ただの監視役だとしか聞かされていない。結婚はいい。だが、私が思い描いていたのは、結婚とは書面上だけのことで、市庁舎での手続きが済んだらあとは彼を所定の施設に、所定の時間、所定の方法で勾留し、必要な訓練プログラムを受けさせる。中尉にはその監督役を任せる。そういう形だ。だのに子孫とは――一緒に暮らして一緒に寝るということではないか!」


「一緒に寝る以上のことを彼らにはさせます」


「とにかく、それは私の計画と違う!」


 子孫、子孫、という言葉を耳にする度に、《リン》がその白い頬を赤らめていくのをおれは見逃さなかった。


「落ち着きなさい《センセー》。軍事委員会がこの秘密の計画を主導しています。軍事委員会のやり方を全てにおいて適用します。その責任者は私であり、あなたではありません」


「これは政府と私に対する裏切りだぞ、《タイサ》」


「裏切り? ああ、もとよりそのつもりですよ《センセー》。――中尉、やれ」


 《タイサ》の命令の言葉に反応した《リン》の速さと言ったら、いったい何に喩えたらいいだろうか。


 あたかも飢えた獰猛な獣が、手負いのウサギを大樹の陰に見つけ、あふれんばかりの喜びに目を光らした――そうして次の瞬間、おのずから、爪と牙とがウサギを襲っていた――そんなように、《リン》の【能力】は間髪入れず発動していた。


「《 しかし最近は連中もせっぱつまっているのか、焦っているのか、どういう事情があるのか知らないが、おれの勧誘に本腰を入れ始めている。まったく――気に入らない話だ。


 政府はおれとおれの「指」の●●●●【能力】を利用するつもりだ。


 おれは、たとえ百億の価値の黄金を積まれたとしても、その誘惑には負けない。おれの【能力】はおれがおれの意思で制御する。その意思を曲げるつもりはさらさらない。


 ッバーン!


「お兄ちゃん一緒に学園いこー!」


 バリケードで封鎖していたはずのドアは破壊された。破壊されたドアの前にはゆずりかが満面の笑みを浮かべておれを見ている。ちゃっかり学園へ行く準備はすべて済ましてあるようだ。


「……わかった」


 おれはスマホを無造作にポケットに突っ込むと、ゆずりかの言葉に従った。すなわち一緒に登校することに決めた。ゆずりかは手早くおれの脇に腕を滑り込ませてくる。シナモンの甘い香りがする。


 この流れ、もう慣れっこだ。


 周囲の痛い視線を浴びながらも、おれは、おれたちは、学園へと歩みを進めた。ゆずりかは登校中楽しそうにおれにトークのマシンガンを乱射してくるがおれはその十六分の一も聞いていなかった。


 考えていたのは放課後のこと。


 届いていたメールの文面からして――「軍事委員会」の文字が挿入されていたところからして――連中はとうとう本気を出してきている。きょうは無事に帰れるかどうかわからない。もしかしたらこれが、ゆずりかと平和に登校する最後の機会になるのかもしれなかった。


 おれの憂い顔の頬に、ゆずりかはそっと唇を当てた。そして、逃げていった。自分の教室の方角へ。

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