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6.異変

 とおれはつい口に出しかけたがすんでのところで飲み込んだ。意味がわからなかった。《嫁》という言葉の意味が。ジョークか、あるいは聞き間違いか?


 おれが何か言おうとするよりも早く、タイサは別段表情を崩すこともなく、剛直かつ、いたって真面目な瞳の光をこちらに向けながら、言葉を続けた。


「中尉の名は《リンカー・ナツィオン・ガーベラ》。親しいもの同士では《リン》で通っている」


「あなたも私のことは《リン》とお呼びになって下さい」


 初めて中尉――《リン》は発言した。その声はまるで、あのギリシアの英雄オデュッセウスが是が非でも聴きたがったと言われている魔物、セイレーンの歌声の逸話を思い起こさせるような、人の心をグッと暖め溶かす響きをしていた。


 魅力的だった。


 外見も魅力的なら声も魅力的、物腰も柔らかくて魅力的、全てにおいて、なんだか物語の中から出てきたみたいな少女だった――《リンカー・ナツィオン・ガーベラ》という存在は。


 おれは数秒間呆けたようになっていた。


 この突然の来訪と(そもそも事前の通告では、「放課後」に来ることになっていなかったっけ?」)、軍事委員会の人物の威容と、《嫁》と、《リン》。


 おれの頭のcpuを焼くには十分すぎる情報量が一気に流れ込んできたのだ。


「えーと、まずですね」


 おれは自分の心を整えながら、口も同時に動かすという器用な芸当を発揮しつつ、


「政府直属の軍事委員会から《タイサ》ほどの役職の人物がおれのためにやってきた。ってことは、この《嫁》とかなんとか、そういう話は、つまり、並大抵の、ただの、普通の、お願いではない、ってことですね」


「そう、その通り」


 《センセー》が(おれは彼の存在を半ば忘れかけていた)口を開いた。


「命令だよ。これは命令だ。政府の、ね。だから拒否することはできない。軍事委員会が出張ってきたということは、拒否の場合の対応策もちゃんと用意しているという意味だ」


「?」


「武力行使も厭わないつもりだってことだよ、学生くん」


 そうだと思った。おれもそこまでこの国の不安定な政治に無関心な人間じゃない。軍事委員会が関係する全ての出来事には、「流血」が伴うと言われている――それくらい重大な案件でなければ、《タイサ》のような男は動かない。

 

「で、答えはどうなんだね」


 《センセー》はおれに答えを求めた。おれは質問を質問で返す。


「どうしてその、この《リン》……さんを、おれのその、《嫁》にするんですか」


「その必要があるからだ。政治的にね。以前から何度も学園を通じて知らせてあるように、キミのその『指』の【能力】は外交上――いや、国内の政治においても――ありとあらゆる分野で――役に立つ。役に立ちすぎる、と言ってもいいくらいだ。キミには見張りが必要だ。悪い連中がキミを悪用しないようにするために。その任務を《リン》くんが担当する。結婚という形式を踏めばものごとがスムーズにいくだろうし好都合だろう?」


「っ……」


 喉が詰まるような感覚がした。わかってはいたが、そうだ、結局はおれの呪うべきこの「指」の●●●●【能力】を利用するために、政府と軍事委員会がおれを監視下に置こうとしているんだ。おれの意思などおかましなしに。


 そしてたぶん、《リン》の意思をも無視して。


 結婚――そんな重大なことが、政府のお偉いさんの都合で決められるなんて――いったいいまは古代か、あるいは中世か。そう疑ってみたくなる。


「いやあ本当に、キミの『指』の【能力】は素晴らしい。キミには政府の間諜スパイとして特別の教育訓練を受けてもらうつもりだ。そして、その上で、【能力】を最大限に発揮してもらう。これで我が政府と私個人は、一人の素晴らしい精兵を得たことになる。違うかね、《タイサ》?」


 《センセー》がおれをじろじろ見る目は、まるで強欲の宝石商が原石のダイヤを見定めるような、意地汚い色で濁っていた。


 《タイサ》は《センセー》の問いかけに対して、


「そうですな。彼の【能力】に特筆すべき点があることは同意ですな。そして《リン》中尉と結婚させるべきであることも、完全に同意するところです。しかし――その後の部分は、どうやら私とあなたとで考えに若干の差異があるらしい」


「? というと?」


「彼と《リン》中尉を結婚させる目的は、監視のためだけではありません。子孫を残させることも大事です」

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