5.異変
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異変は思わぬタイミングでやってきた。
体育の授業――と称しながら実際は「格闘」の授業――の最中、おれはトンマなことでもっぱら生徒から嫌われている、あるオッサン教師から急な呼び出しを食った。すなわち、「至急、体育準備室に来い」と。
おれはてっきり、至近距離対人格闘戦の際に準備すべき物品(化学救急救命器具など)を、運ばされるのかと思っていた。そういう雑用を生徒に押しつけるのが、このオッサンの職業上の唯一の楽しみらしい。そう思っていたからだ。
しかし事情は180度、違った。
体育準備室と言っても、この学園の準備室は埃まみれの物品置き場と化した単なる物置などではなく、しゃんと手入れの行き届いた、むしろ「応接間」と呼んでもいいくらい気取った調度品の並べてある空間だ。教師たちはそこでコーヒーを飲んでおサボりをする。
この日この時、その応接間のソファーには、おれが初めて見る人物が並んで3名腰掛けていた。
おれはそれに気がつくと硬直した。まずもって思い出されたのがあのメール――政府からのメールだ。明らかに応接間もとい体育準備室に腰を据えている人物は、政府関係者だと推察できた。
一人はいかにも官僚風だが尊大な顔をした男。
一人は高位の軍人。カーキの軍服と大佐の徽章でそれとわかった。
そして最後の一人は――珍妙ながら、これも軍人――軍人でありつつ、おれと同い年くらいの少女だった。
少女は大佐と同じカーキの軍服を身にまとい、中尉の徽章を佩用していた。アッシュ(灰)・ブロンドの金属的な光を放つ髪――これはおそらく、強力な【能力】の代償だ。そういう「能力医学的症例の典型」を、生物の科目の時間に勉強した記憶がある……。
そしてこれは特筆すべき事項だが、軍人のくせして、彼女はそこいらのアイドルやモデルなど鼻息で吹き散らすほどの、可愛さ、美貌と、男に媚びない魅力的な釣り目――男の心を射止める目――を持っていた。そしてその髪色の珍しい点も、当然ながら、彼女の魅力のスパイスとなっていた。
「んま、座んなさい」
官僚(風)の男が、官僚らしい言葉づかいと身振りで、おれに着席を促した。官僚の官僚らしい笑顔は、やはり官僚らしい表皮だけの好意で形成されていた。
さて、おれはそこでためらった。というか、身体がとっさに動かなかったのだ、が、
「お、お偉いさんの言うことをば聞いて、は、はよう座りおれや!」
背後のオッサン教師に背中を遠慮なくどつかれて、精神的麻痺が解けた。
おれは一つ呼吸を意識して実行し、心に落ち着きを取り戻すことを試みたのち、対峙すべき三者を一人ずつ、見た。それから軽く首だけでお辞儀をして、対面のソファーにどっかと身体を預ける。雰囲気に圧倒されたら負けだ。
「まずはごきげんよう。軍事委員会を代表して貴君に心からのご挨拶を申し上げる」
真ん中に座っている軍人の男が――その図体はこの空間にいる誰よりも巨大だった――おれに握手の手を差し伸べる。おれはさすがにこれには気圧されて、応じた。
握手は成立した。
「私の名前は――いや名前は重要ではない。私は、政府直属の、軍事委員会の大佐の地位を任されている剛直そのままな軍人だ。その顔を見るに、貴君は私がいったい如何なる人間か、すでに察してはいるようだが」
大佐の猛禽類のような両の瞳は、おれの顔をじっと見据えて動かなかった。
「私のことは単に『タイサ』と呼んでくれればそれでよろしい」
大佐――タイサの自己紹介はそれで終わった。数秒の沈黙があった。礼儀上、形式として、おれは自己紹介を返す必要に迫られた。だからおれは口を開く――
「おれの名前は……」
「貴君のことはようく知っているから今更の名乗り上げは不要。省略で大いに結構」
タイサは振り上げた手でおれの自己紹介の出鼻を粉砕し、自らの言葉を続けた。
「私の右に座る者は、軍事委員会の諮問委員。官僚経由の学識経験者だ。名前は――別に何でもよかろう。『センセー』とでも呼べばよい」
ということで晴れて、官僚風の男は「センセー」、ということになった。どうやらタイサは「名前」という概念によっぽどこだわりがないらしい。
「そしてこちらの中尉だが――」
タイサはちらと横目で、軍人の少女を見た。そして、
「これから貴君の《嫁》となる少女だ。よろしく頼む」
は?