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31.急流

 *


 朝、組の正門は正面から派手に突破された。数台の装甲車両がなだれ込み、軍事委員会の手のものが次々に組員達を制圧していく。


 物音で目を覚ましたユキとおれは、状況の理解をするのにそれほど時間を要さなかった。


 組側も黙ってやられていただけではない。どこから持ち出したものか、北朝鮮製の機関銃をぶっぱなしたり対戦車砲を放ったりした。これにより軍事委員会側にも負傷者が出た。


 抗争は激烈さを増していった。しかし優勢なのは軍事委員会側だ。戦闘のプロたちは、黒服相手に一対一で負けることが無い。黒服たちは武器がなければ軍人に対して一矢報いることができないが、その武器もさほど多く屋敷に保管されているわけではないらしかった。


「屋敷の奥へ隠れて下さい、兄様。ここは危険です」


 ユキはおれに退避を促すが、おれはそれを断った。


「軍事委員会の目的はおれだ。おれが行けばこの争いは終わる」


「それだけは許しません。もう兄様は私の夫なのですから。一心同体なのですよ」


「だがこのままではいたずらにけが人が出るだけだ。あの黒服たちはユキにとっても大事な部下のはずだ。軍事委員会にいいように蹂躙させておくわけにはいかないだろう」


「部下よりも兄様のことが大事です」


 ユキは自身の無慈悲な価値観を宣言した。


「たとえ私の会社――組が潰れようとも、兄様と添い遂げる方が私にとっては人生の重大事です。あんなに熱烈に愛してあげたのに、まだ私の覚悟が伝わっていませんでしたか?」


 おれがその語勢に圧倒され、答えに躊躇していた時、


「――動かないで下さい!」


 廊下に拳銃を構えたアッシュブロンドの髪の少女が――リンの姿が現れた。


「動いたら撃ちます――いえ、片方は問答無用で撃ちます」


 タンッ、と音がして血しぶきが舞い、ユキが倒れた。


 リンは本当に問答無用でユキを狙撃したのだった。幸い、すぐそばに設置してあった化学救急治療キットが自動で作動し、ユキに駆け寄って傷の手当てを始めた。


「急所は外したので死ぬことはありません。殺してもよかったのですが」


 おれはそんなリンの世迷い言に耳を貸さず、ユキの傷を確かめる。撃たれたのは脇腹だ。知識は無いが心臓やどこか危険な血管を撃たれたわけではなさそうなので、救急治療キットの手当があれば命に別状のあるような状況に陥ることはないだろう。


「あなたを迎えに来ました。車に乗って下さい」


「それが、おれの妻を撃った奴の台詞か?」


 おれはリンを睨み付ける。


「妻? 冗談でしょう。あなたはその女との結婚なんて、本気にしていなかったはず。ただ流されるままになっていただけじゃないですか」


「まるでおれたちのやりとりを見ていたような口ぶりだな」


「このヤクザ組織に軍事委員会のスパイを忍ばせてありました。情報は筒抜け。所詮は訓練されていない烏合の衆ですからね。簡単なことです」


 表ではどうやら決着がついたらしい。戦いの音が鳴り止んだ。


「制圧は完了しました。あなたはいまから私のものです。いえ――前々から、私のものだと決まっていたのですが――それはいいでしょう。とにかく私の部屋に戻ってもらいます」


「断る、と言ったら?」


「撃つだけのことです」


 リンは背中のホルスターからテイザーを取り出し、おれに向けた。そして撃った。


 おれの意識はスパークした。


 *


「私が許せないのは」


 ベッドの上、仰向けになったおれの腹に膝をぐりぐり押しつけながら、リンは言った。


「あなたがすでに三人もの女を知ったことです。『女を知る』というのは比喩表現です。分かりますね?」


 そんなことには答えたくないので、おれは沈黙を選択した。


 ここはリンの部屋の中。またしてもおれはリンに拘束され、ここに連れ戻されたのだった。そしてこうやってベッドの上でのしかかられ、膝で腹をぐりぐりと圧迫し尋問されている。


 いまやリンから発されるアプリコットの甘い香りも、痛みとともにおれの苦痛をいや増しに増させるだけだ。そして垂れ下がったアッシュブロンドの髪が、おれの頬を撫でるのが耐えがたく痒い。


「はじめてはあなたと決めていたのに――あなたのはじめては私のはずだったのに――なのにどうして! どうしてあなたは……!」


「ぐっ!」


 リンの膝に体重が乗せられる度に、おれの胃はひっくり返りそうになる。


「全部知っているんですからね。軍事委員会の諜報能力を甘く見ないで下さい。まずはあの教育委員会のでたらめな女! そして実の妹! ヤクザ女! 合計三人! 私は生憎、潔癖症のきらいがあるんです。そういうふしだらをする男性は軽蔑します」


 リンはおれの首筋に何かの器具を当てた。そして、


「おしおきです」


 激痛が――おれの脳髄を駆け巡って踊った。何か電流を流されたかして、おれの身体にダメージを与えたのだ。それは膝で圧迫されるよりも鋭く、何倍も辛い痛みなのだった。


「もう一度しますか」


「やめてくれ……」


 思わず弱音が出る。それほどに痛かったのだ。


「やめません」


 激痛が――おれの脳髄を破壊して狂喜乱舞した。器具が再び作動したのだ。おそらくはスタンガンか何かなのだろうがよくわからない。そんなことどうでもいいくらいに痛い。


「もう一度しますか」


「やめてほしい……」


 自動的に口から言葉が出る。多分目からは涙も出ているだろう。


「まだやめません」


 激痛が――おれの脳髄を殴り飛ばして足蹴にした。蹂躙した。


「なんでもするからやめてください」


 もうおれの意思とは関係なしにこの言葉が出ていた。リンは満足したらしい表情をして、


「三回、おしおきをしました。つまり三人分の女の汚れを落としたのです」


「はい」


 おれの意志力は激痛により完全に奪われ、もはやリンの手中に落ちていた。リンはその事を悟ったのか満足げにうなずき、おれの脇に身を滑らせた。アプリコットの香りが鼻をくすぐる。


「好きですよ……あなた」


 そうしてリンはおれを抱いたのだった。


 *


 かくしておれは四人の少女たち――ゆずりか、ユキ、リン、クリシェの四人に、おれ自身の意思に反して抱かれることとなったのだった。

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