27.急流
ゆずりかはおれに……なんと言ったらいいか。精神的に寄りかかって生活している。それはおれも強く感づいている。なるほど肉親同士と言えるのはおれとゆずりか、この二人だけだ。親戚らしい親戚も無い。お互いがお互いを頼りにしている。この危ういバランスが崩壊した時、それは途方もないショックを生み出すだろう。それはよくわかっていた。
だからこそゆずりかには、自律――自分を律して、自分の力で生きていく――力を身につけてもらわないといけない。
おれの命が十秒先にどうなるかわからないような、奇想天外なこの生活のなかではなおさらそう思わざるを得なかった。特に、これは奇妙なことだが、無理矢理の行為の最中、ゆずりかがおれを強く求める時に、おれはゆずりかの快楽を貪る表情を見ながら「このかわいそうな小さな生命は、この先ちゃんとやっていけるのだろうか」などと場違いな感慨に浸ることすらあったのだった。
おれは空いている右手をゆずりかの頭に乗っけて、撫でてやった。
「《愛》なんていう、脆いものを求めなくても、おれはゆずりかのことを大切に思ってるよ」
これは本心だ。本心がおれの右手を動かし、口からこのような文句を吐かせた。
ゆずりかは少しだけ泣いた。少しだけ泣いて、そして、おれの脇で可愛い寝息を立て始めたのだった。きっと連日外敵がこの家にやってくるのを警戒していたので、疲労が溜まっていたのだろう。ちょっとやそっとで起きるほど浅い眠りではないようだった。
さて――。
「ユキ」
おれはドアの外に声をかけた。そこにユキが居ることは分かっていたから。
返事の代わりにユキは、黙ってドアを開けた。おれの目を見ることもなく、
「《拒絶宝剣》」
彩色豊かに輝く七色の宝剣を中空に発生させ、そのうちの一本――黄色い剣を寝ているゆずりかの胸に突き刺した。ユキの剣は人体に物理的な破壊をもたらさない。その代わり、精神に強く干渉するのだ。黄色の剣を受けたゆずりかは、眠りながら苦しげな表情を浮かべた。
「これでこの汚らわしい女もしばらく目を覚ましません」
言いながら、ユキはおれの手錠を宝剣で断ち切った。
「《ほんとうの》お家へ帰りましょう、兄様」
*
「所詮防衛体制といっても限界があります。個人で24時間完全に外敵の侵入を防ぐのは不可能なのですよ、兄様」
黒塗りの高級車の中で、ユキはおれに語った。おれたちは今、黒服のドライバーが運転するセダンの、後部座席に座っているのだった。
「確かにあの一戸建て住宅は、あの女にとっては最良の戦場です。【能力】との相性が抜群ですからね。しかし長期戦となると――隙も出来ます。事実、私はほとんど苦労なく正面突破できたのですからね」
ユキは得意げにおれを攫った経緯を説明してくれた。なるほどゆずりかが目を覚ましていて、あるいは寝ていてもすぐに即応できる体制を整えている場合は、侵入は難しかった。なぜならゆずりかは密閉した空間での戦闘が得意だ。待ち伏せに関してはゆずりかに軍配が上がる。
しかしゆずりかの体力が限界を迎えたら話は別だ。いくら家がゆずりかの【能力】によって事実上の要塞化していたとしても、ドアを開けて正面から入って差し支えないのだ。
ましてや家の中で何が行われているのかある程度知覚できるユキ――テレパスによっておれの思考を読み取れるユキ――にとっては、そのタイミングを知ることは難しくなかった。そのためゆずりかが深い眠りに入ってすぐ、おれのところへ姿を現したのだった。
「これは……どこに向かっているんだ?」
おれはこの車の目的地を訊いた。ユキは《ほんとうのお家》と言っていたが、おれの知る限りおれにとっての家というのはゆずりかと暮らすあの家をおいて他にない。
「私の家ですよ、兄様。私たちは前世では兄妹、今世では恋人なのですから、なんの遠慮も気兼ねも無く一緒に暮らすことにしましょう」
前世では兄妹、今世では恋人、と来た。まるで頭が正常で無いような発想だが、しかし、おれも不思議なことに――ユキは前世(前世などというものがこの世に存在するのだとしたら)で、因縁のある人間である気がしていたのだった。だからこそ言語を使わずに、頭の中だけで通じ合うことができたりもする。
「前世なんてもの、実在するんだろうか」
「します。はっきりと私の記憶の中に、兄様の笑顔が刻まれていますから」
にっこりと答えるユキに、おれは何の反駁もできなかった。
「お嬢」
運転席のドライバーが小さく、そして鋭く声を上げた。
「前方に【能力】を使う者が一人、進路を妨害しようとしています」




