25.急流
さて、ゆずりかの部屋はこの家の二階の一隅にあった。小奇麗に整頓された、およそ10畳ほどの部屋。調度品も、装飾も、およそ年頃の女の子としては「らしい」色調と趣味をしている。キャラクターもののぬいぐるみが多いのは、ゆずりかの個人的な趣味だろう。
薄ピンク色で統一されたベッドに、おれは寝かされた。お約束のように取り出されたのは手錠、そして足枷。ゆずりかはおれの文句を聞き流しながら、手際よくそれらをおれに装着した。
かくしておれはゆずりかのベッドの上で、哀れにもアゲハチョウか何かの蛹のような恰好をさせられることとなった。
「トイレとお風呂の時以外、わたしはお兄ちゃんをこの部屋から出してあげない。この部屋も当然密閉。つまりこういうこと。部屋が密閉。そして家が密閉。もし侵入者が来ても、二重の密閉を破らなければわたしを倒してお兄ちゃんをさらっていくことはできない。だから相当安全ってわけなんだよ」
ゆずりかはベッドに座って、おれの額に手を当てながら、やさしい口調でそう言った。
なるほどゆずりかの言うことには一理も二理もあった。ゆずりかの【能力】は自身の置かれている空間が密室に近ければ近いほど鋭利な風の刃を生み出すというもの――密室を如何に作り出すか、ということはゆずりかの戦術にとっては最重要課題だ。そこへくると今回のこの二重の密閉の策は、うまく的を射ている。もし家を破壊されても、この部屋で待ち伏せの迎撃が可能――。
そしてゆずりかのスマホには――。
「この家の四方につけた防犯カメラと、赤外線感知器のモニタ・アプリがあるから。誰が来てもさんざんな目に遭わせて追い払うつもり」
ゆずりかの口調は無慈悲。そして決意に満ちていた。
「じゃあ、そういうことだから……お兄ちゃん」
一転、ゆずりかは肩の力をふっと抜いて、おれの隣に寝そべった。おれの首筋に顔を近づけて、鼻をすんすんする。
「うん。わたしが使ってるボディソープの香りになった。よかった。お兄ちゃんの皮膚が奇麗になった」
おれは手錠と足枷に動きを制限されているために、ゆずりかのくすぐったいスキンシップから逃れることが出来ない。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん」
ゆずりかの口調が、吐息が、勢いが、ヒートアップしてくる。強い勢いで、おれに挑みかかってくる。もはや何の遠慮もなかった。
クリシェの一件で、躊躇い、や、《兄妹同士超えてはいけない一線》については、もう考えの外にあるようだった。それほどの衝撃が、昨晩から朝にかけての事件によって、ゆずりかに襲い掛かったものと思われる。
おれの唇にはすでに、ゆずりかの熱い唇が強く押し付けられていた。
この前までは「ファーストキスはわたしがもらう」とか何とか、そんなことできゃっきゃと騒いでいたのに、もうそういう雰囲気ではなかった。そういう局面ではなかった。
「お兄ちゃん……するから……しよ……ね……?」
おれはゆずりかを額で押しのけようとした。こんな行為は、お互いのためにならないからだ。ゆずりかは冷静さを失っている。しかし、おれのその儚い抵抗は、
「《隔絶疾風》」
ゆずりかの不退転の決意により阻まれた。ゆずりかが形成した真空の刃はおれのこめかみを小さく切った。少しだけ出血した。
「わかるよね、お兄ちゃん。ここはわたしの部屋。お兄ちゃんはわたしのモノ。わたしだけのもの。わたしに抵抗しちゃいけないの。わたしのモノ。本当の意味で、これから、わたしのものになって。ね、お兄ちゃん。きっと気持ちいいよ」
おれにのしかかったゆずりかのおれを射る視線は、ありていに言って、狂気じみた焦燥に満ちていた。
*
シャワーを浴びたいと希望したら、ゆずりかは快くそれに応じた。
おれは心中の動揺からくる茫然自失の状態に浸りながら、ひたすら温水を浴びていた。
その間ゆずりかは、一階のリビングで外敵がこの家に接近していないか警戒しているらしかった。また同時並行で何か手料理をつくっているらしい音も、聞こえてきた。
もはやどうでもよかった。妹に犯された兄の心の情けなさといったら、何と言い表せばいいのか分からない。おれはプライド、日本語だと自尊心、そういったものが粉々に砕け散る音が心の中で聞こえていた。




