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23.急流

 クリシェはベッドのシーツを無造作にひっぱり身体に巻き付けると、たちまち人間形態に戻った。なるほど、シーツの下は裸身、ゆえにシーツを巻いてから【能力】を解除したのだ。


「アタシの勝ち。で、アンタはアタシのもの。これでいいんだよね?」


「おれはお前のものにはならない。おれはモノじゃないからな」


「言葉の上では何とも言えるけどね。でも残念ながら、そこのカワイイ中尉さんは倒れたし、一夜を共にするのはアタシたちってことになっているの。そこんとこよろすこ」


 シーツごとおれにからみついてきたクリシェ。レモングラスの強い香りが鼻をくすぐる。


「じゃ、いただきますーってね」


 おれはクリシェの脇腹に指をあてた。


「おれが【能力】を使えばここでお前を殺すことができる」


「そう、それがアンタの能力《指五触死タッチ・アンド・ゴー》。そんなことは百も承知なんですケド」


「ならなぜ――死ぬ恐怖はないのか?」


「アンタに殺す度胸、ないでしょ」


 それは図星ではあった。度胸がない、というより、おれは殺したくない。それは信念だ。


 クリシェはおれの耳を甘噛みして、そして、言った。


「それに、アタシ、アンタになら殺されてもいいと思ってるしね。――狂ってる? それ、誉め言葉ね」


 *


 翌朝、おれは睡眠不足と敗北感と屈辱と――もはやいくらシャワーを浴びても落ちない錯覚に陥りそうなレモングラスの香りとに包まれて――教育委員会の官舎(その官舎の一室が、昨日、おれとクリシェが一夜を過ごした部屋なのだった)から学園に登校した。


 学園よりも自宅へ行くのが先――そう思ったのだが、スマホにメッセージが入っていた。担任から――すなわち教育委員会から――「学園に登校せよ」と。


 クリシェは別のところへ行った。同い年らしかったが、飛び級で進級しているらしく、研究都市の大学院へ新幹線通学だそうだ。


 学園の校門では――ゆずりかがおれを待ち受けていた。


「お兄ちゃん、帰ろう」


「意見が合ったな」


 ゆずりかと帰宅することにした。学園で授業を受けるような精神状態ではなかった。おれは学園の敷地に足を一歩踏み入れて、「これで登校はした。早退する」と一方的に宣言し、ゆずりかの隣を歩き出した。


 おれがまずゆずりかに聞いたのは、「教育委員会」から何か手荒な扱いを受けたりはしなかったかどうか、ということだった。あのクリシェをおれに差し向けてくるような教育機関だ。あの制圧の場面の後、ゆずりかがどんな扱いを受けたか――扱いによっては、報復も考えようか――兄として気にならないはずはなかった。


 ゆずりかは別に、大丈夫だったよ、とだけ言った。実際、なんともなさげな声色だった。なるほど教育委員会にとっては、ゆずりかを痛めつける理由はない。そこはまず一つの安心材料だった。


 他にも、今回の出来事には関与しなかったユキの反応や、軍事委員会のリンのその後について何か知っていることはないか、など、色々と聞きたいことがあったが、それらの問いはすべてゆずりかにやんわりと遮られた。


 ゆずりかはおれに言った。


「お兄ちゃんから、女の匂いがする……」


「……」


 それが何を意味するのか、おれはあえて聞かなかった。比喩として言ったのか? それとも本当に女性ホルモン的な匂いがすると言いたかったのか? おそらくは前者だろう。つまり、おれが教育委員会に拉致監禁されてから、クリシェとの間にどういう出来事があったのか、推量したのだ、ゆずりかは。そしておれの身が「潔白」でないと、そういう事を言いたいのだろう。


「おれは……」


 何か言い訳じみたことを言いかけて、止めた。自分の身が情けないからだ。


 自宅に到着すると玄関のドアを開けるなり、ゆずりかはおれを乱暴なまでに中に押し込んだ。そして焦ったようにドアのカギをかけてしまい、それから改めておれに向き合った。


「シャワー」


 とゆずりかは言う。


「浴びてきて」

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