21.転変
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目が覚めるとまずおれが感じたのはぬくもりだった。
おれは暗い空間にいた。そして――おそらくはベッドに寝かされ、上等な布団を上からかけられていた。それから両脇に――心地のよい熱源があった。
右腕が温かい。同じく、左腕にも温かさを感じる。その温かさはまるで人肌のぬくもりを連想させた、というよりかは、明らかに人肌であろうと思われた。
「目、覚めた?」
突如としておれの右耳に入り込んできた声――それは透き通ったウィスパーボイスだった――は、おれの心臓をぎゅっと圧迫した。
「ごめん、おどろかせちゃったかにゃ?」
声色からおれは、この声の主がクリシェであることをたちまち見抜いた。ここ、このベッドになぜおれが寝かされクリシェも同じく寝ているのか、それは謎だが――リンの時と状況はとても似ている。
おれはクリシェの言葉に返事をせず、ベッドを抜け出そうとしたが無理だった。
「あはは。気づいちゃった? そういうことだよーん」
クリシェがおちょくるように言う。おれは……自分の両足首に何か枷がはめられているらしいことを悟った。つまり、おれは首輪をつけられた犬ならぬ、足輪をつけられたニンゲンなのだった。
「ちなみに私もいます」
不意打ち。左耳に吹きかけられた吐息――それに混じった声は――リンのものだった。おれの左腕を抱いているのは――軍事革命委員会の中尉、リンだったのだ。
軍事委員会と教育委員会は対立関係にある。しかしなぜ?
その疑問、口に出すまでもなく、クリシェが答えを述べてくれた。
「アタシとリンで闘ってもよかったんだけど。今回はまあ、利害が一致した――というより、より平和的に物事を解決しようと思ってね。こういうことになったってわけ」
つまり同盟関係を一時的に結び、二人でおれをベッドに縛り付けて監禁した、ということなのだろうが、それは二人がなぜベッドにまで潜り込んできているのかの説明にはなっていない。
「あー、それはね――」
リンが続きを引き取って、
「われわれ軍事委員会も、教育委員会も、あなたの優秀な【能力】を継ぐDNAを欲しています。ということは、私たちが同時に子作りをして、同時にあなたの種をいただけばよいのです。男性は生物学上、同時に何人もの女性を相手にすることができますからね」
「そうそう。それが軍事委員会と教育委員会の上層部の意向ってわけ。無駄な争いはもうやめておこうってね!」
おれの人権は完全無視であった。さすがに閉口する。
「そういうわけですから、こうして同衾することをお許し下さい。というより……いっぱい『イイ思い』をさせて差し上げますから何卒ご容赦、ご堪能下さい」
リンがおれに密着してくる。ほぼ同時に、右からクリシェがぐいぐいと接近してくる。
「子作りしたことある? アタシないんだよねまだ。スゴい興味がある……どんな感じなんだろ……???? めちゃ気になる……やりたい早くやりたいなー!」
おれの額に汗がにじむ。逃げだそうにも当然、足枷がそれを許してはくれない。おれは手で直接触って確かめてみたが、どうやら下着一枚で寝かされているらしかった。
「では先に――はじめては私がいただきましょう――かくいう私もはじめてですが」
いよいよリンがおれにのし掛かり――その手はおれの――に触れようとしてくる。
「いやちょっと待った待った。アタシこそ、特に、はじめて同士でやりたい。是非やりたい。先にアタシ。軍事委員会さんは二番目でお願いしますよチョット!」
ずい、とクリシェはリンを肩で押しのけた。おれの身体の上で、小競り合いが起きる。はじめは何やら艶めかしい雰囲気すらあったこの空間だが、次第に争いはエスカレートして――。
リンとクリシェ、二人はベッドから降りた。
「私は軍事委員会から命令を受けてここにいます。そして命令を実行するつもりでいままで行動していました。しかし私には命令よりも優先するべき事項が一つだけ、あります。それは――自分の命よりも大事な――彼のことです。彼とのはじめて同士を譲ってもらえないのであれば、私は軍事委員会の命令に反してでも、あなたを実力で排除します」
「同じ言葉、そっくりそのまま返すわ。正直さー、アタシもアンタと似たような境遇の人間で――その子には並々ならぬ思い入れがあるのよねー。話すと長くなるから詳細は言わないけど。子作りはアタシが先。これが受け入れられないなら、殺すよ(暗黒微笑)」