20.転変
この女の野獣の眼光は、なるほど確かに、言葉通りの実力者らしいところを示すものがある。ブラフではない。ブラフなのはその人を油断させるファンシーな格好だけだ。
おそらく、クリシェは相当な実力をもつ【能力】保持者なのだろう。そして、その強さゆえに、高い位を得て教育革命委員会で働いているのだろう。
おれは首を横に振ることは出来る。「嫌だ」と言えばそれでいい。だが、この女は強制してでもおれを自在に扱うことが出来る。おれに選択肢は無かった。
「あとさ、これは個人的な事情なんだけど!!!」
クリシェは役者じみた巧みさで表情をほころばせ、
「アタシのめっちゃタイプなんだよね、キミ。実際、ちょー好きだから。ラブ!!!」
――その言葉が開戦の合図だった。
まず、応接室の重厚な木製テーブルが粉々にちぎられた。あたかも透明のチェーンソーがひとりでに暴れ出したかのように、テーブルは直線に細かくされていき、単なる木片へと変貌した。
真空の刃。それはすなわち――
ゆずりかの能力――《隔絶疾風》!
「害虫の電波女を、排除するね。ちょっと下がっててね」
いつの間にそこにいたのだろうか。ゆずりかはおれの左隣に立ち、おれの腕に触れた。
「キモートさんじゃん。キモい妹。略してキモート」
敵意まるだしの視線を、クリシェはゆずりかに向けた。
「でも待って。どうやってここに入った? てか人払いをさせたはずなんだけど。ここの教員は生徒一匹すらまともにしつけ出来ていないわけ???」
「わたしはお兄ちゃんの行動はいつでもどこでも把握してるの。言わずともわかるでしょ。盗聴器とかカメラとかGPSとかそういう基本セットは当然お兄ちゃんに100以上装備されてる。で、先回りしてこの部屋に潜り込んでおいたってわけ」
「あー、なるほどね。アタシのこと電波女って言ったけど、あんたもそーとーな電波キモートだね。電波でキモいし、しかも肉親にラブとかマージャンで言ったら役満だからさっさと退場したほうがいいよ」
クリシェの表情が冷徹な戦闘者のそれに変わった。
おれはとっくにソファから立ち、壁際に下がっていた。肩に何かのトロフィが触れて落ちた。
「――《煉獄投影》――」
「――《隔絶疾風》!」
大爆発。
おれはとっさに耳を塞ぎ、伏せ、口を半開きにする。
これをしておかなければおれの鼓膜は破れていただろう(この動きは「体育」の授業で習った。手榴弾への対処方法として)。
「アタシの【能力】は――」
クリシェは不敵な笑みを浮かべ、【能力】発動と変わらぬ姿でそこに屹立していた。
「炎熱を操る。つまりファイアー。キモートさんとは最高の相性だね。空気を操るのなら――炎を防ぐこともできるってわけでしょ。どちらかがエネルギー切れになるまで撃ち合いね!!」
「――!」
大爆発。そして大爆発、に、次ぐ大爆発。
部屋にあるあらゆるものが破壊され、細分化されていくのが感じられた。そして埃が視界を完全に遮断する。
部屋自体が破壊されないのはさすが、学園の金のかかった造りのおかげというべきか。
だが――。
「さすがにね。防弾ガラスもこれだけの回数爆発を受けると、粉みじんだよね」
外気が、部屋に入ってきていた。応接室の窓が破壊されたのだ。
つまり、ゆずりかにとって有利な環境である「密閉空間」は失われた。
外気はたちまち室内の埃を巻き上げ、外へと吐き出していった。視界が回復する。
二人の戦女神は、戦闘を開始したその地点から一歩も動くことなく、やはり大胆不敵な姿勢で敵と相対していた。それはプライドのぶつかり合いだった。
「サレンダー??」
おどけた声で、クリシェがゆずりかに訊いた。ゆずりかは答えなかった。口頭での返答の代わりに、風の刃を(それは密閉空間で発動されていなかったから、弱体化されていた)相手の首に差し向けた。
「いひっ……!! 所詮は悪あがき」
ピンク色の炎が、グワッと音を立ててクリシェの肩で燃え上がった。それが障壁となり、ゆずりかの刃のアンサーは遮られたのだった。
「勝負は決した。これ以上は時間の無駄だから。……いいよ、入ってきて。ピュイ!!」
クリシェはけたたましい口笛で合図をした。【能力】を保持する教員達が、ドアを開けてどかどかと応接室に入ってきて、たちまちゆずりかを――そしておれを床に叩きつけ、制圧してしまった。
おれを見下ろすクリシェの瞳には、愉悦の色がらんらんと輝いていて――
「二人で幸せな家庭をつくろうね(はあと)!!!」
おれはスタンガンをぶちこまれたらしく、そこで意識を失った。