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19.転変

「キミが例の――会えてうれしく思うよお!!!」


 犬に飛びかかられたのかと思った。おれは自分にひっついてきた暖かい生物を引き剥がすと、確かにそれが人間の女、であることをはじめて確認した。


 女は言った。


「アタシの名はね――《クリシェ》。それが名前で、キミのことにすごく興味を持っていて、キミの【能力】のことはもちろん知っているし、すごく仲良くなりたいと思ってる。こんな風に」


 クリシェは再びおれに跳びかかってきそうな予備動作をとったが、おれはしっかり迎撃の体勢をつくったからクリシェは襲撃を諦めて、高級なソファにぺたんと座った。


 クリシェは奇異な格好をしていた。少なくともこの豪奢な応接室に見合う格好をしているとはとうてい思えなかった。


 まず髪の毛は――ビビッド・ピンクに染めている。それでツイン・テールだ。二世代前のマニアー向けアニメーション作品ではよく見られたスタイルだが、この政治状況下、ピリピリした世相の中、こんな髪で生活している人間がいるとはついぞ思わなかった。


 着ている服も服だ。名前だけは知っている――ロリータというやつだ。ロリータ・ファッション。それも「甘ロリ」に分類される、ピンクなどのパステルカラーを多用するとにかく「ガーリー」な雰囲気を演出することに全ての機能を注ぎ込んだ被服。レースのついていない箇所を探す方が難しい。ピンクの髪にホワイトのカチューシャとは恐れ入った。


「キミにじろじろ見られるとアタシ、興奮しちゃうじゃんなに? そういう気分? いいよアタシすごくこう見えても積極的で《イカれた》女の子だから応じちゃうかもよ? そこはキミのほら、エスコートの腕次第だけどねー!!!」


 アニメ声――と、古めかしい形容をしてみる。特徴的な南国の鳥みたいな声で、クリシェはおれにぐいと顔を近づけ、そのまま額を、おれの額にくっつけた。レモングラスの香りがした。


「する?」

「しない」

「つまんないのー!!!」


 なんとも型破りな女だ。クリシェは全身をソファに投げ出してバタバタ暴れて、満足して、それからちゃんと座り直して、乱れた頭髪を整えた。そして、


「キミの思春期特有のマグマのような情欲もわかるけどさ、それは後でゆっくりしっぽり解決するとして――そろそろ本題に入ってもいいかな?」

「本題を切り出さなかったのはお前の暴走のせいだろ――おれは本題だけ聞きたいよ……」


 クリシェは有無を言わさぬ口調で(声色がファンシーなので、威厳はゼロ)、言った。


「キミとアタシ、きょうから共同生活します!!!」


 ……。完全にリンと同じパターンか。


「それは教育委員会の意向か?」


 おれは問うた。クリシェはうなずいた。


「アタシ面倒なことキライだから全部言うけど、当然その通り、これは教育革命委員会の意向で、アタシは《イカれた》女だからオーケーしたの。アタシはキミと一緒になってタッグを組んで、特別の訓練を受ける。ツーマンセルってやつ。そんで、夫婦のスパイとしてどこかの資本主義国へ全権大使として派遣されて、ま、暗殺業ですわな!!!」


「――っ」


 おれはクリシェが、虚心坦懐に全てをしゃべくりまくったことは、評価した。この女は隠し事をしないタイプだ。だが、おれの【能力】を軽々しく誰かの意図のために使わせようという、その計画に乗じるつもりなら――クリシェとおれは、仲良くはなれないな。


「嫌だ、って顔してるね」


 クリシェはきゃきゃきゃと笑った。まるで感情が読めない。いままでにあったことの無い奇異なタイプの女だ。


「わかるよ。アタシにはわかる。キミは人を殺したくないんだ。自分のその、本当なら誇るべき【能力】を心底嫌っている。出来れば捨ててしまいたいとも思っている」


「その通りだ」


 おれは肯定した。まったく指摘の通りだったからだ。心を読まれたようでしゃくだが、否定する理由はなかった。おれは自分の【能力】なんか――両親が「ウラジヴォストーク経由、シベリア送り」の原因となったこの忌まわしい【能力】なんか――無くなればいいと思っている。


「でもね残念!! そういうわけにはいかないんだナーあ!」


 クリシェはおれの感情をわざと逆なでするような声で、


「アタシは教育革命委員会の中でも高位の【能力】保持者――ここの教員なんて指先ひとつで消せるような、ね――で、アタシの命令は、この学園の中では絶対だから。神のごとく、絶対!」

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