17.異変
タイサの言葉は本当だった。その後、いかつい装甲車に乗って(わざわざ装甲車を選んだのはなんか威嚇のつもりだろうか)おれたちは各々の自宅に戻った。そして、おそらく、《きょうのところは》という部分も本当なのだろう。きっとあの調子だとリンはまた、おれの前に現れる。
家に帰るととりあえず、ゆずりかが後ろから抱きついてきた。痛いほどホールドしてきて、なにやら泣いているらしかった。
「なぜ泣く」
「お兄ちゃんが他の女と結婚したら、わたし死ぬから。絶対死ぬから」
「リンとは……しないよ」
そう答えても、ゆずりかはおれを離そうとはしなかった。まあ、色々ありすぎた。怒濤のように出来事が、次から次へと流れていった。死の危険もあった。脳の興奮を鎮める時間が必要だ、ということなのだろう。
そして、とりあえず、家の状況だが――。
玄関から見て、リビングやらキッチンやらが、もう酷い具合に荒らされている。これは当然、ゆずりかとユキが争った状態のままだからだ。おれはスマホで学園(つまり、教育委員会)の担当回線に連絡をして、修繕してもらうように頼んだ。たいていのことは教育委員会はやってくれる。それだけ【能力】保持者は国家にとって重要と言うことなのだろう。あまり実感はないが。
修繕の担当者は20分とかからずにやってきた。そして複数人がかりで修繕をはじめてしまった。素晴らしい手際で、30分で元通り。
「これでまたあの女が来てもザクザク《斬れる》ね」
と、ゆずりかが軽口を叩いていたが聞かなかったことにしておく。仮にも修繕費は税金である。この国の労働者が血と汗を流して作ったお金である。
しかし、まあ、とにかくこれで全てが元通り。
――。
というわけにはいかなかった。
嵐はとっくに到来していた。おれたちはその逃れられぬ渦中にあった。昼間、政治界の重鎮らしき男は殺された(もしかしたら蘇生したかもしれないが――)。体育教師も、死んだ。おれたちの周囲に、人死にが出た。これは異常なことだ。
おれも、ゆずりかも、ユキも、それに気づいていないはずはなかった。気にしないふりをしていただけだ。これからもっと大きな面倒ごとが、国家規模の厄介ごとがやってくる――それはどれだけの人の死と不幸を運んでくるのだろうか?
おれたちの暮らすニホン社会主義共和国連邦――
軍事委員会(正式名称:軍事革命委員会)も、
教育委員会(正式名称:教育革命委員会)も、
他のあらゆる委員会も政党も、社会主義の同盟国も、資本主義の敵国も――
遠い、他人事なんだ、所詮。
しかし、主義の違いから発生する戦闘に、【能力】保持者を利用しようとする者があらゆる組織にはびこっている。だからおれたちは――自衛のためにも、生活の平和を、生活の平穏を、守らなくてはいけない。
他人事でありながら「他人事である。以上」で、片付けられないもどかしさ。
――ゆずりかの笑顔を守るのは、おれの義務だ。
おれのベッドを占領して、先に眠りに沈み込んだ彼女の寝顔を眺めながら、おれは思った。卓越した【能力】を持つゆずりかだが――そしておれに「異常な」愛情を向けてくるゆずりかだが――それでも、肉親であることに変わりは無い。おれは、ゆずりかを、守りたい。
別れ際、タイサに言われた言葉がまだ耳に残っている。
「今回の件で、軍事委員会が完全に貴君から手を引いたと思ってもらっては困る。あくまで一時的に学園――教育革命委員会――の手に返すだけだ。そしてそれは――われわれが、学園から貴君を取り戻すことなど《赤子の手をひねるように簡単》だ、という自信の現れだと、知っておいてもらいたい」
タイサの言葉はよくよく承知した。軍事革命委員会の力もわかっている。
その上で言う――おれは、何者にも屈するつもりはない。
●●●●【能力】――おれの【能力】を、誰にも利用させるつもりは、ない。