16.異変
ユキは――賢かった。ユキはあらゆる可能性を瞬時に検討して、的確な答えを導き出す事の出来る有能な戦闘者だ。
先ほどは「ユキとゆずりか」と両方が絞首刑の味を味わわされることとなった。
しかし今回は「ユキ」一人だけだ。なぜか?
もしかしたらリンが【能力】の対象をユキ一人に絞った可能性もある。しかし、その合理性については疑問が残る。片付けられるものなら、屋外に出て無力化されたゆずりかごと、二人まとめて、絞首刑に処してしまえば良いだけの話ではないか。
だが、現実は、そうなっていない。ということは――。先ほどの状況と現在の状況と。比較して、的確な答えを出すのだ。絞首刑の「発動条件」は何だ――?
「《拒絶宝剣》」
ユキが喉から絞り出した声。うっすらとだが、七つの宝剣が――ユキにかしづくように、その四囲に浮遊する。その内、真っ赤に燃える炎熱の色の剣が、ユキの背中を――貫いた!
「ぐぐっ……!」
瞬間、ユキは自らの喉から、手を離していた。
リンの【能力】――《怒髪極刑》が解除されたのだ。
リンは動揺を見せる隙もなくホルスターから拳銃を取り出したが、ユキも速かった。
赤い剣に刺し貫かれたままのユキは、無言で、残りの六本の宝剣に突撃を命じた。
「――」
紫、青、緑、黄緑、黄、橙の六剣が、リンの胸に飛び込んだ。リンはその場に卒倒した。出血はなかった。音も無かった。これがユキの【能力】――。
ユキの《拒絶宝剣》はただの浮遊する物理的な色つきの剣ではない。それぞれがさまざまな特性を持っている。いまユキが六つの剣の刺突を受けて血が流れていないのは、それは、宝剣が七つ揃っていないからだ。七つ目の剣がリンに加われば、完全なる「殺害」が完成する。しかしそれでも血は流れないだろう。
《拒絶宝剣》は物理的な【能力】というよりかは、精神的な【能力】だ。それぞれの色がそれぞれの精神状態に対応する。例えば「赤」は「怒り」。「緑」は「嫉妬」という風に。
リンは六つの剣に貫かれ、「不完全な感情の混沌状態」に突き落とされた。それはリンを気絶させるに足るだけの威力を有している。
対してユキは自らに、「怒り」を司る「赤」の宝剣を刺し貫いた。これによって、自らの「怒り」を剣に「吸わせた」。かくしてユキは絞首刑を――非道なる【能力】、《怒髪極刑》を脱したのだ。
「ゆずりかと目が合った」――たったそれだけのヒントで、ユキは「怒り」の解除こそが【能力】の克服方法だと悟った――これほどの天賦の才が他にあろうか――おれはユキにはいつも驚かされている。
それに、おれを助けに来てくれたときの《精神感応》も、ユキの驚くべき、不思議な力の一つだ。おれは――なぜか、ユキを見ると、ユキを感じると、「ユキが前世では自分の妹だった」という馬鹿げた考えに支配される――ユキはおれにとって、いったい何者なんだろうか――。まあ、それは、いまは、いい。
「片付きました。脱出しましょう」
すっかりダメージから回復したユキが立ち上がり、言った。ゆずりかも素直にうなずいた。おれも同意する。塀を越えればこの馬鹿げた逃亡劇も終わり――。
「まずは見事であったと拍手を送ろう」
振り向くと、そこにはタイサがいた。一人だった。見る限り武装もしていない。相変わらず徽章のついた仰々しい軍服姿だったが――。
「【能力】保持者の軍人の中でも腕利きの中尉を、軍人でも無い三人が、たった三人が、こうしてのしてしまうとはな」
まるでソロバンのテストで落第点をとってきた、まだ幼い子どもに向けるような目線を、タイサは、倒れているリンに向けた。
「今回は貴君たちの勝利だ。解放だ。もう軍事委員会は貴君らを監禁するつもりはない」
「はじめはあったんですね」
「と、いうより、貴君に婚姻をしてもらって(無論リンとだ)、合法的に軟禁状態にするつもりだったんだよ(内規により、リン中尉と婚姻した貴君は、この軍事委員会の敷地から出ることは不可能になるのだ)」
「そうですか……」
「しかしそれはきょうはできない。この通り気絶していては、婚姻届にサインが書けないからな。中尉は」
婚姻届という言葉に、ぴくりと、ゆずりかとユキが反応した。
「とにかく貴君らは、《きょうのところは》自由だ。帰してあげよう。何も塀を破壊したりのぼったりする必要は無い。車を用意させる」