13.異変
「ところが、おれの方では、お前のことを知らない」
「はい。それは当然です。私もあなたと対面で会ってお話する機会に恵まれたわけではありませんから。写真や映像、あるいは遠目で直接そのお姿を拝見して、あなたがどんな方なのかを理解してきたのです。毎日、毎日」
「……ちょっと、意味がわかりかねるが」
「軍事委員会はあなたのその【能力】を高く評価しています。そして同時に、私の【能力】があなたの【能力】と遺伝的に相性がよく、二人の間に生まれた子孫が非常に優れた【能力】を有する可能性があると、結論付けました。ですから軍事委員会は、一人の軍人として育った私に、『私にしかできない名誉ある任務』を命じたのです」
「それがつまり、」
「そう、結婚です。政府、教育委員会、軍事委員会、さまざまなセクターの政治的対立や事情のために、私がすぐさまあなたの下へはせ参じ、求婚するというわけにはいきませんでした。ですから、せめて私があなたがどんな人物であるかを知ることができるように、軍事委員会は毎日、あなたの映った動画や音声データなどを私に供給してくれました」
それってつまり質の悪い、組織ぐるみのストーカー行為ではないのか――間違いなくそうだ。軍事委員会というやつはとんでもない変態だった。
「私はですから、あなたがどんな方なのかよく知っているんです。そして、あなたに第一に知ってほしいことがあります」
「え?」
「私はあなたに、とても強い、とても、とても強い好意を抱いています。毎日あなたの顔を動画データで見るたびに、心は踊るようにときめいていました。毎日眠りにつくときにはあなたの音声を聞きながらでなければ決してよい寝つきを得ることはできませんでした。私の私物のあらゆるポケットには、あなたの写真が武運長久の『お守り』として仕込まれています」
……。
「私はあなたのことが好きです。ですから、結婚を、しましょう。子作りをしたいんです。これは、だから、軍事委員会の命令とか、軍人としての服務だとか、そういう『社会』の掟に縛られた機械的な儀式ではないのです。愛です。愛なんです。恋です。激しい恋でもあるんです。私は――リンカー・ナツィオン・ガーベラは――あなたのことを愛しています」
もはやリンの表情に浮かんでいるのは狂喜――と言って差し支えないであろう、征服欲と肉欲の混じりあったそれだった。リンはおれの肩をがっしりとつかむと――指は細いのに、そこに込められる力は強い! ――おれをベッドに文字通り押し倒した。
情けなくも、おれはリンを見上げる格好になった。リンの荒々しい、甘い吐息がかかる。リンの胸が規則的に上下する。リンはおれの瞳を、その奥の、奥の、奥まで、(いっそ顕微鏡でも使ってくれ)――見通すくらいの勢いで、のぞき込んでくる。そしてそのリンの目にはやはり、喜びが、宿っている。
リンの美しい色の髪はおれの頬を撫で、その甘い香りでおれの理性を惑わそうと、姑息な誘惑を仕掛けてくる。髪の触れる触覚が、こそばゆい触覚が、まるで城壁を攻める兵隊の群れのように、やはりおれの理性の防壁を破壊せしめんと、さらさらと攻撃をしかけてくる。
実際情けないことを言うが、おれは男だ。
なにか特殊な訓練を受けたわけでもない、性別:男(male)だ。
つまりこのあまりに異常な状況下で、強烈な性欲がおれのなかで惹起され、それが生理的な現象となって肉体のある一部に影響を与えても――つまり海綿体が――これ以上は言うまい――仕方がなかった、と、おれはあくまで抗弁する。己の名誉のために。
リンはそれを、即座に、目ざとく、感知した。
「……これって、『いい』ってことですよね?」
リンはわざわざおれの耳元に唇をよせて、そうささやいた。この魔女のささやきに打ち勝つことのできる性別:男(male)がいるのだとしたら、おれはそいつに――全財産をあげちまってもいい。そしてその男からおのれの理性を制御する方法を、しっかりレクチャーしてもらうつもりでいる。
とにかくなにもかもが情けない状況だった。おれは、おれよりも細くて小柄な少女に御されて、まるで「お姫様扱い」だ。そんで何より情けないのがおれの性欲に基づく「肉体的反応」だがこちらについては言及はやめよう。下品だからな。
いっそのこともう全部身を相手に預けてしまうか、あるいは、これまで時間をかけておれの中にムラムラと徐々に育ちつつある獣性を解放してしまうか(おれもやはり悲しいかな男だということを、この時ほど、思い知らされたことはない)――甘い誘惑的な選択肢が、眼前に生じている。
リンはおれの耳をやさしく噛んだ。
それだけで、おれは、全身に雷撃の走った心地がした。それほどの快楽が一瞬で、頭のてっぺんからつま先まで駆け抜けたのだ。
「じゃあ――はじめますね……子作りを。私の旦那様……」