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12.異変

 *


 目が覚めるとそこには、おれの知らない天井があった。


 起き上がる。


 おれはだいぶ上等のベッドに寝かされていることがわかった。普段寝てるおれの部屋のやっすいパイプ製ベッドとは格が異なる。


 そして、おれは自分の身体を点検した。とはいえ、体調に異常のないことはすぐに把握できた。痛いところもかゆいところもない。傷もなければ痣もない。鏡があれば自分の顔に落書きでもされてないかどうか確かめたところだが、あいにく、この部屋に鏡はないようだった。


 間接照明で柔らかく暖色に染められた室内、適切に稼働している空調――おれは昔、何かの都合で親に連れられてビジネスホテルのいい部屋に泊まったことがあったが、この部屋はまったくそれに近い。広さもダブルベッドのビジホのそれと一緒だ。一言で言って、(おれの部屋よりずっと)上等な部屋だ。


 キュルリピ。


 何かのアラームが鳴った。と、同時に、ドアが開いた。一人の人物が部屋に入ってくる。


「失礼します……」


 おずおずと顔を見せたのは、見覚えのある少女だった。一度見たら忘れるはずもないそのアッシュブロンドの長い髪――新雪のような白い肌――リンカー・ナツィオン・ガーベラ中尉だ。通称リン。


「お目覚めのようですね」


 おれはぶっきらぼうにああ、とだけ返事をした。状況がまだ完全に呑み込めないのだ。


「では子作りをはじめましょうか」


「……え? 聞こえなかった。も一回」


「子作り、しましょう」


 リンは事もなげに言った。淡々と、しかし、繊細な木管楽器が持つような、この上ない美麗さを備えた声で。


 まだ出会ってから数分しか会話したことのない人間に、よくそんなことが言えたものだなと、おれはむしろ感激してしまった。これだから軍人というのは恐ろしい。上官の命令とあればおのれの肉体をすら文字通り差し出すのだ。死を覚悟して突撃しろ、と言われれば突撃する。出産を覚悟して子作りしろ、と言われればこれもまた突撃する。軍隊ほど怖いものはこの地上に存在しない。


「ここはどこなんだ」


 おれはリンに問うた。とんでもないイカれた例の提案は無視して。


 リンは意外にも、すんなりとおれの質問に回答した。


「ここは基地の中です」


「基地?」


「ええ。まあ、私の私邸と言ったほうが分かりやすいかもしれませんが――つまり――軍事委員会のもつ基地の敷地の中の、私に割り当てられたお家です。そしてここはあなたのために、使用人に特別に整えさせた部屋です」


「そうか。で、これはあえて良い返答を期待しないで聞くんだが……おれは今すぐ帰れるんだろうな? 自分の家に」


「残念ながらそれはできません。私と子作りしていただかないと」


「子作り……を仮に、仮にだ、仮にシたとして、仮にそれが完了したら、おれは帰れるんだろうな? 自分の家に」


「残念ながらできませんね。私とあなたは夫婦関係にあるのですから。一緒のお家に、つまりここで、暮らすのです」


 ……おれは閉口した。つまり状況を整理すると、おれは軍事委員会の基地内にある、この部屋に監禁されているのだ。そして目の前の美少女――誰しもがそう認めざるを得ない容姿をしているこのリンという少女――と強制結婚させられつつあるのだ。


「あのさ」


「なんでしょう?」


 リンは自然な所作で、おれの隣に腰かけた。肩が触れ合う。ゆずりかともユキとも違う、アプリコット系の甘い香りがした。


「お前は……あ、いや、そのリンさんは……」


「お前、で結構ですよ。それが呼びやすいのなら。夫婦間のことですしとても自然な呼び方だと思います」


「あ、えと」


「それに《リンさん》はあまりにも他人行儀すぎて、私には気に入りません」


「……じゃあお前、でいかせてもらう」


「はい」


 リンは嬉しそうにうなずいた。あまり表情が大きく変わることのない少女だが、かといって仮面のように顔のパーツが不動なわけではない。感情は十分に伝わってくる。


「お前は、おれとその、子作り……えー……結婚をすることに、疑問を持たないのか?」


「持ちません」


 きっぱり、断言ときた。


「それはなぜだ? 命令だからか? お前が軍人だからか?」


「それは言葉通りの意味から言えば、正解です。私が軍人であり、そのような命令を受けているからです。しかし、あなたが想像しているようなニュアンスが、必ずしも正しいとは言えません」


 ……? リンの言葉は謎めいていた。なるほど前半部はわかる。やはり軍人だから、命令に服して、おれと結婚しようってんだ。おれにとっては死ぬほど迷惑だが、理屈は理解できる。しかし、「必ずしも正しいとは言えない」とは――?


 リンは言葉を続ける。


「私はこれまで――およそ10年前から――だから、物心がつくあたりの頃から、あなたのことをよく知っていました」

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