プロローグ
「武山くん、ちょっとちょっと」
昼休み、ハゲ頭部長に手招きされた。
なんだろう?
昼食をとりに、いっせいに席をたった同僚達を目線で見送りながら、武山三郎は、ペコペコと小柄な身体を更に折り曲げて、部長のデスクに近づいた。起立した。
「部長、今月の契約件数の件ならあと一週間ありますので、頑張ります。今月こそは会社に貢献いたします」
三郎はこの会社に同期で入った部長に斜め45度の角度で頭を下げた。
「実は上からの意向でね。たいへん言いにくいのだが、まあ、ざっくばらんに言うが、君の解雇が決まった。英語でいえばリストラだ」
高校を卒業してから一貫してここで不動産建築の営業畑を歩んできた。入社してから、今年でちょうど40年。会社だけの為に尽くして苦労してきた。その会社から、捨てられる?
予期はしていた。
もう、半年間、契約が一件もとれていない。
クビ.....。
足が震えた。
どうやって生きていこう?
息子は高校三年生。大学進学希望。ライトノベルと漫画ばかり読んで勉強しない。私立大学しか選択肢はない。
娘は中1。
妻がコンビニのパートで頑張ってくれたおかげで、なんとか私立中学に入学して、これから、という時である。
お金がかかるのである。
よくある話。
50代後半のオッサンが、会社をクビになる。
退職金?
あるわけない。
社員20人足らずの小さな不動産会社である。退職金共済の類いにも入っていない。
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「バブルの頃は良かったよなあ」
夕方の電車の中でサブローは呟く。
前向きにこれからの人生を考えるよりも、過去の栄光にしがみつきたい年頃なのである。
過去の栄光といっても不動産バブルで、地価がどんどん上がり、お客さんの方から買付を申し込んできた時代である。契約を取れて当たり前だったのだが、武山は自分がまだ若く優秀だったからだと未だに勘違いしていた。
勘違いの多い人生である。
「帰ったよ」
サブローは郊外の木造アパート二階の我が家に帰宅した。
『さて、家族にどう打ち明けたものか。クビの件』
サブローは困った。
「みんな、聞いてくれ」
妻の香は台所仕事をしながら。サブローを観た。
高三の息子の一夫はソファーを陣取り寝転がって漫画本だかライトノベルとやら、どちらかわからない本を読んだまま、無視だ。
中1の娘の梢だけが、
「パパどうしたの?」
とテーブルから視線を向けた。
「落ち着いて聞いてくれ。パパ、会社をクビになっちゃった」
ここはストレートに事実を述べて、家族に受けとめてもらいたいサブローなのであった。
家族会議を開いて今後のフェミリーの進退を話し合うべきだと、サブローは考えた。
ところが......。。
妻は台所仕事をやめない。
息子は漫画から目をはなさない。
娘だけが、
「やっぱり」
と俯いた。
やっぱりとはなんだ!
誰に飯を食わせてもらってきたとおもっているのだ?
俺がいたから、お前らは育ってこれたんだろ?
サブローは、今時はサブローがいなくても家族は充分、メシくらいはなんとかなっただろう社会の仕組みを知らない。
妻が台所に背を向けてまま、口を開いた。
「クビになったのなら、もう再就職なんか無理でしょう。なにか資格があるわけでもないし。自分の食い扶持も稼げないでしょう。うちらはうちらでなんとかなるから、あなたは出ていってくれないかしら?」
「オヤジには懲り懲りなんだよ」
息子が顔を上げた。息子の目は軽蔑に満ちていた。
「出ていけよ、糞オヤジ。お前なんか最低だ。バーカ」
息子はやにわに立ち上がると、サブローのみぞおちに蹴りを入れた。空手を習わせていたことを後悔した。
どうして俺はこんな扱いを受けるのだろう?
サブローは、毎日毎日、帰宅すると安い焼酎を、ちびちびやりながら家族にグチグチと説教たれていことが、どれだけ家族の負担になっていたか、知らない。
サブローは、未熟な息子や娘に人の道を『お前らの為に』語りつづけてきただけなのに......。
『お前の為に言っているんだからな』
会社で同期の部長から言われつづけてきたその同じ言葉を無意識に家族にかけてきたわけだし、それは家族のタメを思って述べてきたのだが、家族からすると、ただの腐れオヤジの『憂さ晴らし』にしか映ってはいなかった事実を知らなかった。
サブローは、前屈みになったままみぞおちを押さえて、玄関に逃げた。ドアを開けてゲロを吐いたのと同じタイミングで息子に尻を蹴られて転げ回り、そのまま二階の鉄の階段から転落した。
這うようにして近所の公園にたどりついた。
暖かな夜の風が流れていた。
サブローは公園ベンチで半ベソをカキながら夜を明かした。
身ひとつで追い出されたのだ。
紺のスーツのポケットには、通勤定期券と昨日は解雇のショックで昼飯が食えなかったから、昼飯代の500円玉が一枚、残っていた。ズボンのポケットにはソニーのエクソペリアだけ。型の古いスマホが一台だけ。
ふいに頭上の空に光の玉が見えた。
ソニックビームがゴーンと轟いた。
光をもう一つの光が追いかけているように見えた。
「やった。UFO」
サブローは一時、現実を忘れた。
少年時代から見たかった未確認飛行物体というモノに息を飲んだ。
二つの光の一方が追いついて、光は一つになり、夜の闇の中で炸裂した。さしずめ花火大会の『しだれ柳』のように火の粉がパラパラと降ってきた。何かの燃えかすみたいに消えた。
『綺麗だな』
と、あんぐりと口を開けてアホヅラで眺めているサブローにも火の粉の燃えカスの一枚が降りてきていた......。
一瞬、意識が遠退いた。
サブローの前に奇妙なスタイルの金髪の若者が立っていた。ドラマで観た中世ヨーロッパの貴族のようなイデタチだった。
「失礼いたしました。ご迷惑かけるつもりはなかったのですが、脱走しあドラゴンを仕留める為に発したビームがあなたにもかかってしまいました」
「...........」
「簡単に言いますと、あなたは死にました」
「へ?」
バカを言ってはいけない。生きているし、背広までもとのままだ。
「責任はとります」
「あり得ないが仮に死んだとして、僕は生き返れますか」
「無理です」
「『改変』により生じた時空の歪みを修復している時間がありません。転移させてさしあげます」
「テンイ?」
意味が分からなかった。呆然自失である。
貴族風イケメンがつづけた。背は160センチのサブローが見上げるくらいだから180センチはあるだろう。長い金髪が顔にかかり、サブローに微笑んでいた。
「ぶしつけながら軽くスキャンさせていただきましたところ、あなたはもっと穏やかな土地があってるようですね。どうします?」
「は、ハワイとかですか。国内ですか。宮城県?」
「あなたから見ると異界です」
「イカイですか」
イカイ....。。
日本にそんなに土地が、あっただろうか。海外か?
サブローは地理の成績が悪かった。
サブローは決意した。
あんなひどい会社や恩知らずな家族は、この際、自分の方から捨ててやろう。
目の前のこの、少しイカレているけれど、カッコいい若い外人の言うとおり、穏やかな土地に出奔していしまおう。
「わたりました。『イカイ』というところにおつれください」
「良かった。重ねて失礼の申し訳ないのですが、イカイでは言語が違いますから、こちらで勝手に言語機能をつけさせていただきます」
「あ。はい」
よくわからない。
「他にご希望があれば、大抵のことはかのうですが、なにかありますか」
「できれば現金を100万円ほどと」
サブローは考えた。
「スマホを使えるようにお願いいたします」
退職したとはいえ、取引先などのアドレス帳が入っている。折をみて退職のご挨拶もある。あわよくば再就職のお誘いがあるかもしれない。落ち着いたら娘にだけは連絡とりたいし.....。
「ではスマホの復元機能や、使いやすいようにもろもろ私が考えて機能追加いたしました。他に何かご希望は?」
サブローは何も思いつかなかった。
「他になければ、以上です。快適な異世界生活をお祈りいたします」
では!
と外人は述べて滑り台を下から駆け上がりそのまま光になって明け方のまだ薄暗い空に消えた。