第3話
少女の瞳からボロボロと大粒の涙が落ちて、僕の服に染みていく。
僕にできるのは事実を伝えるのみで、少女の言っている言葉の意味も、その存在もわからない。
どうしたら良いかわからず俯いた僕の後ろで、スパンっと大きな音を立てて襖が開く。
「まあ! まあまあまあまあ…… 巫女さんやあ! 旦那さん! 大変どす」
「お、おかみさん?」
そう。またまた大げさに叫んだのは、かのおかみさんである。慌てて飛んできた旦那さんと大事そうな話を大そう大きな声で話し込んでいる。
そうして、僕はこのあと、この地域に伝わる伝承を初めて知ることとなる。
はじまりの社となった“カミさん”にはルールがある。
・一方通行の道でしか来られない。反転させないために。
・大神の名を継ぐ者が約束の日時に任期を終えた「神」を開放しなくちゃいけない。
・約束を違えると世界が反転する。
僕の家系つまり『大神家』は、神様と人間の間に生まれた一族で、はじまりの社であった敦森小の防人。
約束は、僕の一族が担った役割のことだったのだ。
真昼のような大騒ぎをしていた“巫女さん”と呼ばれる少女の襲撃は、朝5時のことだった。
一連の状況を整理して、なぜか僕は”巫女さん”を抱きかかえ、再び敦森小の校舎に足を踏み入れる。
昨日と同じように校舎の扉を開けて驚いた、ステンドグラスだった場所は大きな鏡になっていたのだ。
メモの大鏡は、反転世界のステンドグラスだったのだ。
“巫女さん”いわく神々しいくらいのあのまばゆい光は、子供たちが反転世界に気付かないようにとまじないがかけられているらしい。
「反転世界……だったのか、ここの向こう側」
父はどうして黙っていたのだろうか。
まさか知らなかったなんてことはないだろう。
僕にあのメモを託すくらいだ。
「あなたに自分で見つけて、受け入れてほしかったんじゃない?」
聞きなれない声に振り返ると、巫女姿の女性が立っている。
そういえば、あの少女はどこへいったのだろうか。
「キミは誰……?」
「解放してくれてありがとう、大神くん」
そういって彼女は笑った。いつの間にか戻っていたステンドグラスから後光のように注ぐ光を背負って。
僕はどうやら、約束を守ることが出来たみたいだ。