第2話
「まあまあ。遠いところから、おいでやす」
「予約していた大神です」
大げさなリアクションで部屋を案内してくれたおかみさんは、その恰幅のいい見た目通りにどすどすと大きな音を立てて去っていく。
こぎれいな部屋に通され、スマホと財布にキーケース、替えのシャツと下着しかもたない僕は手持無沙汰で座椅子に腰掛ける。
ポケットにしまっていた例のメモを開く
『20xx年7月7日7時7分 敦森小 大鏡の前』
残念ながらスマホでの検索も意味がなかった。
こういう時に役に立つのは、現地人への聞き込みのみだ。
「あの……おかみさん。敦森小の大鏡ってご存知ですか?」
「はて カミさんに大鏡なんてあったかしらねえ」
「カミさん? おかみさん?」
「あ、ああ~。あそこはね、このあたりだとみんな”カミさん”って言ってはるの」
「”カミさん”って……えっと。あの、なにか由来とかあるんですか?」
おかみさんは「さあ」と言って、クビを大げさにかしげた。
部屋に戻り寝ころびながら、再びメモを見つめる。
「”カミさん”の大鏡かあ」
簡単に考えて、『カミさん=神さん』だ。
確かにあの場所は、妙に神聖な雰囲気がした。
土地の守り神とかそういう意味だろうか。
そうこう考えを巡らせているうちに、いつの間にかゆっくりと瞼が閉じていった。
「大神くん……の7時7分! 絶対に絶対の約束」
「誰だ、女の子? いや、あれは」
はっとして目を開けると、どこから入ってきたのか巫女服の少女が僕を見下ろしている。
「えっと」
寝ぼけ眼でもなんとか状況を理解しようとしてあたりの様子を探るけれど、もといた民宿の部屋だ。
それより、夢をみていたはずなのに、妙にぐっすりと眠った気がする。
そこまできて、はっとする。
今は何時だろうか? 6時半にはあの校舎の中にいないといけないのに。
咄嗟に手をはわせるが、スマホが見つからない。寝る前に頭のすぐ横にあったはずなのに。
そして今更気づいた。この部屋には時計がない。
「やばい。ごめん、どいてくれな…」
「ねえ! オーガミどこ?」
「え?」
オーガミは、大神のことだろうか? それは僕だ。
返す言葉を見つけられずにいると、彼女は僕の顔をスンスンと嗅ぐような仕草をする。
「ちょっ、なっ キミはいったい」
恥ずかしさで反射的に顔から熱が出る。
「お前 オーガミのにおいする」
「へ? ちょっ」
胸倉をつかむようにして、力いっぱい上下にされる。
「オーガミどこ? 約束が」
「え? 約束?? キミ……大神と約束した?」
「うん した」
威張るような口調でうなずく少女は、どう見ても浮世離れている。
しかし、今はそんなことどうでもいいのだ。
「本当? よかった! このメモは父さんが……ってあれ? どこいった? あれ?」
おかしいな。ポケットからメモが消えている。
しかも、冷静になってきて思うが、こんな小学校低学年くらいの女の子とあの寡黙な父がどこで出逢うのだろうか。
彼女は、部屋をきょろきょろと見まわす。
「オーガミどうした いない」
そう、父はもうこの世にはいない。だからたぶん約束は守れないと告げないといけない。
「……キミの探している人は、亡くなったよ」
「…………」
急に静かになった少女は、うなだれているようにみえる。
「……しよう」
「え?」
「どうしよう 世界が反転しちゃう」