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約束  作者: 小鳥遊まる
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第1話

『20xx年 7月7日 7時7分 敦森小 大鏡の前』


端がこすれて黄ばんだ四つ折りのメモを片手に、数十年ぶりに父の生家を訪ねた。


限界集落と化している山奥のとある郡。


存命の身内はいない。僕がいなければ、父は天涯孤独だった。まあ、今は僕がそうなのだけれど。


「すごい霧だな」


スマホで地図を確認しながら、なるべく慎重に、目を凝らしながらハンドルを握る。


進むほどに霧は深くなるが、第一村人どころか、人っ子一人歩いていない。


一昨日の晩、病床に臥せってから会話らしい会話も交わさなかった父が、突然僕を呼んだ。


「最後にひとつ頼みがある」


そう言って、ぼそぼその古い和紙のようにも見えるこの紙を手渡すと、一瞬安堵したような表情をしてそのまま目を閉じた。


今生の別れなんて一瞬だ。


惜しむ時間すら与えてくれない。父は本当に自分勝手な人だ。


眉間にしわがよりかけたところで、ポーンと軽快なアラーム音が鳴る。


『50m先を右です。一方通行にご注意ください』


こんな田舎道で一方通行など何のために作ったのか?


慣れない道のストレスに、どうでもいいことを思いながらハンドルをきる。


「わあ」


思わず感嘆の声が漏れた。


並木道と言うには壮大な杉の原生林の間に、確かに一方通行の道が存在している。


さながら、茶と緑の鳥居のようだ。


その道を真っ直ぐ進んでいくと、不思議なことに向こう側は霧がはれていて、あふれた光が眩しいくらいだった。


『目的地に到着しました 運転時間は…』


スマホを閉じると、それをもって車を降りる。


ところどころ擦り切れた文字で【××郡 ×立 敦森小学校】と書かれた看板。


父が育った小学校だ。



あらためてメモを開く


『20xx年7月7日7時7分 敦森小 大鏡の前』



半信半疑だったが、この場所で間違いないだろう。


広すぎる校庭を見下ろすように建つ、年季の入った木造の校舎。


まるで深呼吸でもしているかのような立派なたたずまいのそれは、来る途中で重要建築物だとかなんとか大きな看板が飾ってあった。


近くでみれば、ほどよく腐った木と石の塊にも思える。


ギリギリと場違いな音を立てて扉を開くと、視界いっぱいに大きなステンドグラスが目に入る。


差し込む光が七色に織り重なって、まるで僕なんていないかのように、僕の体ごと通り抜けるような、心が洗われるような不思議な感覚だった。


はっとして、思い起こす。


「えっと……大鏡なんてあったっけ?」


僕がここに来たのは初めてではない。一度だけ父に連れられて、この建物が廃校になった直後の棟下式に来たのだ。


建物というのは、人が使わなくなると不思議と荒れる。


ここに来る前に立ち寄った父の生家は、入ることすら難しいくらいに腐敗していたというのに、なぜかここはとても綺麗だ。


正直、もう少しお化け屋敷のような形相を予想していた。


しかし、僕自身が通った場所ではないのに、なにかに包まれているような不思議とあたたかい気持ちになる。これは自然の力、木のぬくもりのせいなのだろうか。


ギシギシときしむ階段をのぼると、伸びた廊下の先に音楽室。その隣が理科室。その隣に家庭科室と、ごく普通の小学校らしい間取りをしている。


教室は上下合わせて6つ。徐々に使わなくなったその様子を表すように、奥に進むにつれ、教室の中の物が増えていく。生徒が減るたびに空いた教室は、倉庫代わりにでもなっていたのだろう。


「ないな」


小一時間歩いたが、メモの大鏡が見つからないのだ。


姿見くらいのものはいくつもあったが、大鏡と呼べる大きさの鏡と出会っていない。


「困ったな……」


日付に時間の指定まであるのだから、特別な約束なのだろうことはわかる。


父の死に際の、悲しさと嬉しさの入り混じったよな瞳が忘れられない。


だから、父の代わりに僕が来ることで、その約束らしきものが成就されるのであれば、父の憂いははれ、親孝行とは言わないが恩返しになると思っていたのだが。


「だいぶ日が落ちたな」


夜の捜索はよくない。僕は17時を回ったところで校舎をあとにする。


車内に戻り、スマホの地図で駅前にあった民宿までのナビを開始する。地図の矢印が来た時とは逆の方向を示す。


「反対に道があったのか」


来たときは違い、進むほどに車体がガタガタと左右に大きく揺れるような未整備の道を下る。


明日の朝7時までに大鏡は見つけられるだろうか。

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