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色盗みの女  作者: 菜っぱ
3/3

フルーツタルトの極彩色


 そろそろ手持ちの宝石が溜まってきたので、この辺りで売りに行こうと街に出た。


 もう少し、色合いが派手な宝石を数多く揃えられたら、貴族に会って直接個人販売で宝石を売るのだが、今回手持ちにある宝石は、それには向かない。


 最近は森に入って、地味な草花ばかりを宝石に仕立てていたので、手持ちの宝石は緑や茶色といった、シックな印象の石ばかりだ。


 スミ的にはこういった宝石の方が好みなのだが、売れ筋と好みは異なる、ということが多い。


(貴族様に個人販売をした方が、利益率はいいんだけどなあ)


 仕方がないので個人販売は諦めて、今回は百貨店に卸すことにする。


 今日やってきたのは農村にほど近く牧歌的な雰囲気がする街、ミームだ。


 街、と名はついているがその街並みは人手が少なく落ち着いている。


 店はそれほど多くなく、生活に必要な食品店や金物店が少しある程度の寂れたまちだ。


 少し前にあった、大戦の影響を受けて、人そのものがこの地から減っているのだ。ここに住む人々は慎ましく質素に日の暮らしを送っている。


 だが、そんな街にスミが贔屓にしている、シュナイザー百貨店の本社は存在する。

 シュナイザー百貨店は王都にも支店を構える、大型の百貨店だ。百貨店と言うだけあって品揃えは多く、は変に高すぎるものはないが、みな洗練されていて特等な雰囲気を持ち、買ったものをプレゼントするととても喜ばれる様な品揃えをしている秀逸な百貨店だ。


 スミはシュナイザー百貨店の貴族相手に絞った高級路線だけではない、庶民にも買える素敵なものを売っている姿勢を好んでおり、買取業者として、とても贔屓にしている。


 もちろん、資金を多く得たいのであれば、もっと高級路線の店に卸した方がいいのだが、ひとつひとつの品物にきちんと見合った価値を見出して、大事に扱ってくれる業者に品物を卸したいとスミは思っている。


 舗装されていない、土の道を抜け、森と街の境目に近い土地にその百貨店本社はポツリ、と存在していた。

 見た目は民家のように見える建物には煙突がついている。煙突から煙が出ている時は営業中なのだ。


 スミは煙突から煙が出ているのをきちんと確認し、建物のドア前に立ち、カバンの中から、片手ほどの大きさの魔法陣を取り出す。


 魔法陣をドアにしつけると、ドアは開き光伸びてくる。光はがスミの体を捕食するように包み込んでくるが、いつものことなので特に驚いたりはしない。


 瞬きを繰り返していると、視界が切り替わった。いつもの応接間にきちんと通されているようだ。


 気がついたら、いつもの深い赤色をした、ベルベット地の、優雅な曲線が美しい商談用のソファに座っていた。


 いつも思うが、魔法というものは素晴らしい。いまだにスミは理解できていない部分が多いが、不思議な力だ。


「ようこそ、お待ちしておりました。スミ様。

お疲れでしょうから、お茶でもお出しいたしましょう」


 ローテーブルを挟んで、目の前用意された自分と同じ様なソファには商談担当者の男が座っていた。


 この男の名はクリストフという。


 スミがシュナイザーで宝石を売り始めた頃からの担当者だ。見た目は若いが、それなりに歳を重ねていて、シュナイザーの宝飾品部門を統括している。


 いつもおしゃれで、今日はビシッと決まった緑の光沢がある黒地のジャケットに、揃いのスラックスをきている。それらは彼の黒い髪や深緑の瞳にとてもマッチしていて、は彼のために仕立てたように似合っていている。スミはいつもそのセンスに感心する。


 たまに企みを感じるので、気を全て許しているわけではないが、仕事は的確で不備がなく早く問題はないので、彼との商談はいつも安心して行うことができる。


 頂いたお茶を飲み、落ち着いたところで、商談を始める。


「今日はどんな宝石を持ってきてくださったのですか?」


「森にしばらくいたので、それにに準ずるいくつかの色合いを盗んで参りました」


 スミは黒の布地をローテーブルの上に広げ、持っていた宝石をジャラリと並べた。

 

「これは!なんとも美しいですね。今回は緑や茶色系の宝石が多いのですね」


 クリストフは持っていた、白手袋をさっとつけ、慎重に宝石を広げるようにして確認した。


 色盗みで得た宝石は、そう簡単には傷がつかないので、あまり丁寧に扱う必要はないが、クリストフはいつも丁寧に扱ってくれる。そういうところもこの百貨店を好ましく思う一因かもしれない。


「ええ。森の緑はもちろんですけど、私は枯れた枝葉の朽ちる色も美しく感じるので、どうしてもそのような色が多くなりますね。

 高貴な方には人気のない色合いですがね」


「問題ありません。この辺りは灰色の髪を持つ人間が多いですが、お隣のノル地方は茶色の髪を持つ方が多いですからね。

 思い人の色を身につける習慣がある、平民にはよく売れるでしょう」


 それは素敵な習慣だ。大切な宝石を大切に扱ってもらえそうだ。


「身分関係なく、たくさんの人に宝石を身につけてもらえることは嬉しいことですね」

「ええ。せっかくこれだけの宝石が集まっているのですから、森の宝石としてコレクション展覧会をしましょう」


 どうやらこの宝石はノルに行くことが決まったようだ。

 この宝石たちがいい主人に巡り会えるよう、小さく祈った。





「商談もひと段落しましたので、ひと段落しましょう。

 用意していたものを持って来させますね」


 クリストフはそういうと、部下の一人にケーキの乗ったトレイを持って来させた。

そこには見た目も美しい、何種類もの色の濃くてなんとも美味しそうな果物が溢れんばかりに乗ったフルーツタルトが用意されていた。

 綺麗にゼラチンでコーティングされていて、飾りにちょこんとエディブルフラワーが飾り付けられている。宝石のように美しい、極彩色の春のフルーツタルトだ。


「わあ!なんて美味しそうなんでしょう」


 思わず声を上げるとクリストフはいたずらに笑う。


「あなたが来ると連絡を受けたのでうちの百貨店の食品部一押しのタルトを用意しました。

 あなたはこういうのお好きでしょう?」


「大好きです!」

 ウキウキしながら、フォークをとると、クリストフはおや?と声を上げる。


「こんなに美しい極彩色なのに色を盗まないのですか?」


 その声にハッとする。


(そうだ、こんなに綺麗なのに色を盗まないなんてもったいない)


 すかさずフォークを置き、フルーツタルトに手を翳す。


 くるっと手を返せば、そこには美しい極彩色の色合いが余すことなく宝石に取り込まれていた。


「美しい色合いですね。もちろんそちらもシュナイザーに卸してくださいますよね」


「あ、はい。いいですが……」


(……図られた)


 クリストフはこの宝石を狙ってタルトを用意したことは鈍いスミにも明らかだった。

 色を宝石に残したい、という欲に負けてしまった自分が憎い。


 仕方ない、こんなに綺麗なタルトを見せられたら、色盗みの女としては色を盗まずにはいられない。


 なんとも言えないモヤモヤした感情が、胸を駆け巡るが、タルトに罪はない。


 スミはタルトにフォークをガツンとさし、大口でタルトを口に入れた。


「うう!おいしい……」


 見た目も素晴らしいが味も傑作だ。色の濃いフルーツはイメージ通り一つずつが濃いあじをしていて、際立っているし、酸味と甘みのバランスがとてもいい。


 特に、森イチゴは口の中に幸せな甘さで満たしてくれる。


 一緒にと用意されたアッサムティーもうっとりするくらい香りがよく、タルトにぴったりの味わいたっだ。


 いいものを食べた……。とまったりしているとクリストフのこれは高貴な方に高く売れそうだな、という呟きが聞こえた。


 身分関係なく宝石を楽しんでほしいスミの意見に賛同しておきながら、やっぱり取り分が多い貴族への宝石が優先なのか、とちょっとだけ残念な気分になる。





 まあいいか。

 スミはおいしいタルトに免じて、その言葉は聞こえなかったフリをしてやった。







多分スミにとって色盗みは綺麗なものを写真で残す感覚です。

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