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色盗みの女  作者: 菜っぱ
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人魚の湖、蝶の藤色


「あいててて……。やっぱり野宿は体が軋むなあ」


 昨夜は森から出て街の宿屋に泊まろうと思い、早めに仕事を切り上げたはずだった。


 ただの森だったら、一時間ほどで街に出られたはずだ。ただ、入った森が迷いの森なのがよくなかった。


 迷いの森は魔術師が自分の狩場を荒らされないように、魔法陣を設置した森のことだ。


 彷徨い始めると、永遠に同じ場所を何度も行き来させられるので、とても厄介だ。


 一度入ると、出るのは容易ではなく、大体の人間はそのまま出られず、森で骨を埋めることになる。


 スミも何度か、自力で森を抜けようと試行錯誤してみたが、容易に出ることはできず、時間だけが過ぎて行ってしまったため、最後には諦めて宝石を使った。


(本当は売り物にしたかったから、自分で使いたくなかったんだけどなあ)


 彼女が使ったのは目印草、という草を取り込んだ宝石だ。名前の通り、目印になる草なので何度も何度も同じ場所を通されてしまう、空間の歪みがある場所で使うと、空間がどう歪んでいるかがわかるので、そう言った場所を脱出するのにとても便利なのだ。


 ただ、珍しい草なので出会う確率も少ない。


 自分のうっかりミスに高価な宝石を使ってしまい在庫が少なくなってしまったことにスミは激しく落ち込んでしまった。


 迷いの森をでた時にはもう日はとっくに沈んでいて、街に出るにはもう遅かった。


 もう少し早く宝石を使えるような判断力があったら、ふかふかなベッドで眠れたのに。そうスミはもう一度悔やんだ。






 そんな昨日の失敗を挽回すべく、今日は朝から張り切っている。


 幸い迷いの森近くの湖に、高値で売れる売れ筋の色があたことを思い出したのだ。


 その湖には人魚が住んでいる。


 古くからお伽話で語られてきたあの人魚だ。


 最初湖に人魚がいる、という話を先代の色盗みの女から聞いた時は、人魚は海にいる生物だと思っていたので、淡水でも生きられるのかということに驚いてしまった。


 先代によると海にも人魚はいるが、湖の人魚は色彩が薄く、海の人魚とは違った美しさの色を持っているらしい。


(人魚って絶対何かの特殊能力を持っていそうだし、色彩も多色だろう。

 これでやっと採算が合う)


 幻の湖の人魚にあってみたい気持ちはもちろんあるが、それよりも今後の財政が心配である。


 軋む体に鞭打って、スミは湖のほうへ足を進めた。


 足に絡みつく、蔦のような植物に転ばせられないように慎重に一歩一歩進んでいくと、目の前には広く、どこまでも続く雄大な湖が見えた。


 今日の狩場についたので、スミはひと段落しようと食事の準備を始めた。


 今日は街に行っていないので、あまり豪華な食事ではない。


 保存食用にとっておいた、オリーブの缶詰とチーズ、それと少し胡椒の聞いた干し肉が今日のメニューだ。


 干し肉は以前長期で森に入った際、野生の魔獣が生活区域に襲いかかってきたので、魔法陣で捕獲して捌いて作った、自家製の魔獣ジャーキーだった。


 乾かす際に朝露に濡れるとカビが生えてしまうので、毎日しけってないか確認して、アルコールをスプレーしなければならず、とても手間がかかったが、美味しくできたので大満足だ。


 今日の飲み物はどうせなら、湖の水を飲もうと思い、湖の水を水筒にためる。


 一応毒消しの魔法陣をかけておいたので、お腹は壊さないだろう。





 束の間の休憩中、ボーッと湖を眺めているとスミは自分の心がどんどん、凪いでいくのがわかった。


 今日は昨日の失敗を取り戻そうと、朝から躍起になっていた。そのせいで心はどこかささくれて、きっと疲れていたのだろう。


 急がなきゃ、焦らなきゃ、と思いながら仕事をしてもいい結果にはならない。


 しばらく湖を観察していたが、人魚は一向に現れない。


 あまりにも音を立ててこちらへきてしまったので、人魚は湖の奥へ逃げてしまったのかもしれない。


(今日はもう、人魚さんに会えなくてもいいかもしれない)


 雄大な湖をただぼーっと眺める、贅沢な時間を過ごせただけで、スミは満足だった。


 食事の後片付けをして、もう街に向かおう。


 そう思って立ち上がった瞬間、目の前にはみたことのないくらいの藤色に覆われていた。


 その何かの大群は湖を覆い尽くす勢いだった。


 なんだこれは、と思い観察してみるとそれは蝶の大群だった。


 

 あまりの美しさに呆然としてしまったが、これはチャンスである。


 早速スミは色を盗む準備をしていく。


 てのひらに蝶を誘い込み、その周りをぐるっと指でなぞれば、蝶の色を写した宝石が出来上がる。


 それは蝶の羽の模様を写しとったかのように、繊細な網目が敷き詰められており、まるで一種の琥珀のような美しさがあった。


 藤色の羽はつるりとした宝石の中に鮮やかなグラデーションをもたらしている。


 やがて、蝶の大群は姿を消し、そこには湖だけが広がっていた。


 ほんの数分の魔法みたいな時間だった。

 みたことのない色彩に満足したスミは街へ戻っていった。


あとから調べたところ、その蝶は人魚の眷属らしい。


 蝶を放ち、人がそちらに視線を向けている間に、陸地を訪れるらしい。





 スミは蝶の大群の奥で、人魚が微笑んでいたことには気がつかなかった。


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