深い森の草木色
深い針葉樹林の森を抜けると、そこには湖に面した幻想的な花畑が広がっている。
咲いている野花は花屋で売っているような規格が揃っている綺麗なものではないが、どの花らしい野性味のある可愛らしさが溢れている。
草にまじり懸命に咲く花々は素朴な趣があって、それだけで非常に美しくスミの目に映った。
(今日はこの辺で休憩しよう)
お腹も空いているし、朝からずっと歩いてきたので足が棒のようだ。靴を抜けばマメができているし、斜めかけのカバンをかけた肩も食い込みが痛い。
足元が平坦な土地を選びカバンの中から敷物を出して草むらに敷いていく。
そこに腰掛けてお昼用に用意していた食材とお菓子を取り出せば簡単アフタヌーンティーセットの出来上がりだ。
カバンから水筒を取り出し、中身を確認する。今日はレモングラスの水出しハーブティーを水筒に入れていた。
宿を出る前に、入れたレモングラスはちょうどいい具合に、水に香りを溶け込ませていて、きっと今が飲み頃だろう。
今朝宿屋で作ってもらったレタスとトマトの入ったサンドイッチは潰れてはいないようだいないようだ。
ムシャリとかぶりつくと口いっぱいに野菜のみずみずしいおいしさとほんのりとした心地いい苦みが広がる。
みずみずしさを保っている野菜を体に入れるとまだ歩きそうな記載していた。
スミはサンドイッチを咀嚼しながら、横目に映る花畑を見つめる。
(記念にこの風景の色も盗んでおこう)
スミは地面に手をかざし、草を撫でるようにして色を自分の中に移した。
握った手を広げれば、そこには草花をそのまま閉じ込めたような、緑色にピンクや水色の細色を持った宝石がコロンと転がっていた。
スミは色盗みの女と呼ばれる専門職の魔術師だ。
色盗みの女はスミの活動国であるハルツエクデンでは珍しく、国で保護をされている。
目で見て感じた色を盗み、色盗みの女にしか使えない魔術を用いて、宝石に仕立て上げるのがスミの仕事だ。
盗むとは言っても、その場所の色を白くして色そのものを奪い取ってしまうわけではない。そこにある色の情報と、ほんの少しも魔力を拝借するだけだ。
スミはより良い色を求めて、国中旅をして歩いている。
きっとどんな旅人よりも国の奥地を歩いているだろう。
そんな暮らしを日々続けているので、彼女に決まった家はない。
日毎に街を移し、歩いているので困ったことに宿が見つからなくて、森で野宿をすることもある。
それだけで済めばいいが、猛獣に襲われて逃げ回る日だってある。
しかし、スミはそんな暮らしを気に入っていた。
その日暮らしの根無しだが、果てしなく自由で、どこまでも行けるこの生活を心の底から愛している。
本当は欲を言えば国外を出て色を盗めたらいいとは思うが、国からの守護の魔術の関係で国外に出ることはできない。
それでも、このハルツエクデンという国は広く多種多様の色を持っている。
そのすべての色を奪い切るまでは、彼女はこの国に飽きることはないだろう。
よだれを垂らし、お腹を好かせて襲ってくる魔獣の獰猛な瞳だって、彼女にとってはひどく美しく、透き通って見える。
スミの手にかかれば魔獣だって光り輝く宝石になる。
地平線に沈む夕日のような、みずみずしいレモンのような、黄色がかったグラデーションを下地に、とげとげの虹彩がまるでルチルのようにアクセントとなって宝石に移されるのだ。
スミはまだ見ぬ色を望んでいる。
この世界の果てにどんな色が待っているのか、考えるだけで、胸が弾む。
今までに見ていない色を探して、宝石に治めるために、スミはどんなに足を痛めても前に進むのだろう。
それとともに、この愛する暮らしをいつまで続けられるのだろう、とも考えている。
スミは死について考えることが多い気質の持ち主だ。
体がそこまで強くはない彼女はこのままの暮らしを続けたら、きっと早い段階で祈りを落とすだろう。
スミはそれが待ち遠しかった。
このまま色を盗みながら、どこかの果てで色に解けるように死ねたら、最高なのに。
色を盗み続けている弊害で、スミの体には盗んだ色が染み出している。
特に髪は顕著で、初めは真っ白だった髪は歳を重ねるうちに様々な色を表に出すようになった。
それはまるで、絵具を洗うために用意した水のような色をしていて、決して美しい色ではない。
だが、それは角度によって様々な色見せる。
多色を有していることでスミが死ぬときはきっとに大地に溶けやすいはずだ。
いつか盗んだ色をこの身にすべてしみ込ませ、大地と綺麗に溶け合いたい。
その日を待ちわびて、スミは今日も色を盗む。
色盗みの女、スミの物語の始まりです。