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紫陽花色


 日本人が梅雨の花と聞いて思い浮かべるのは、たいてい紫陽花あじさいだろう。



「ところで、紫陽花って何色でしたっけ? 名前に紫が着いてるから、紫でいいんすかね」

『はるぶすと』の前庭には、日本ではポピュラーな紫陽花はなぜか植えられていない。

 なので、店の立て看板に、今が季節の紫陽花を書いてみようと思った夏樹は、そこでハタと手を止める。

「私、ものすごーく濃い紺色の紫陽花見たことあるわよ」

「俺はこの間、ものすごーく濃い赤紫の紫陽花見たぜ」

 その問いに答えているのは、どう考えてもこの店の従業員でも、はたまた同居人でもない。

 それは由利香と椿だ。

 2人は土曜出勤だった椿が仕事から帰ってきた後、由利香の実家? へと押しかけていた。

 明日は日曜で仕事はお休み。

 なんとなく夕食作りが億劫になったそんなときは、どのレストランよりも美味しい『はるぶすと』のまかないにありつこうという魂胆でだ。

 最近は椿も誰かに似てきて、(この家にいるときに限るが)遠慮と言う言葉が少しずつ辞書から消え始めている。

 さて、超~美味しいまかないを堪能するミッションをクリアした後、そのままお泊まりする2人の元へ、本日のディナー提供を終えた3人が、2階リビングに戻ってきたと言うわけだ。


 風に湿気が含まれる季節になり、そろそろ雨が続くかなと思われる頃、紫陽花たちは誰に教えられることもなく、可愛く丸く花を咲かせていく。


「紫陽花はさ、土のpHで色が決まるんだよ」

「pHって?」

「酸とアルカリ。土が酸性だと青、アルカリ性だと赤って言われてるよ」

「へえーさすが物知りの冬里! そうなんすか~。でもそれだとよけいに何色にすればいいか、わっかんないっすよお」

 頭を抱える夏樹に、冬里はニッコリ笑って言う。

「だったらさっき言ってたみたいに、紫にすれば? 青と赤の絵の具混ぜると紫になるし」

「そうよそうよ、冬里いいこと言うじゃない。だいいち店の看板に、誰がそんな厳密性を求めるもんですか」

「えー? でもちょっとは本物らしく書きたいじゃないっすかー」

 ぷう、とふくれて言う夏樹に、由利香が面白そうに言う。

「じゃあ、最高の庭師にお願いして、紫陽花の種をまいてもらえば? そしたら来年には花が見られるかも~」

「ええー? 」とすねる末っ子をよそ目に、椿が由利香に聞く。

「紫陽花って種から育てるの?」

「私が知る訳ないじゃない。ねえ、凄腕の庭師さんならご存じよね」

 そう言って2人が目をやった先には。

「種からだと、花が咲くまで何年もかかりますよ。私もそれほど詳しくはありませんが」

『はるぶすと』の造園担当? かどうかはともかく、プロにスカウトされるほどの手腕を持っているシュウがいた。

「ええー? そんなに待てませんよお」

 またまたふくれるイケメンの末弟。

 なーんだかねえ、最近本当に末っ子って感じよね、夏樹って、などと考えているお姉様に、突然良い考えが思い浮かんだようだ。

「あ、そうだ。じゃあどこか、たくさん咲いてる所に見に行けばいいじゃない」

 その由利香の一言に。


 え? と言う顔の後、目をキラキラさせてシュウの方をバッと振り向く夏樹。

 そんな夏樹を面白そうに見やった後、どうする? とこちらもシュウの方を見る冬里。

 また余計なことを、と言う感じで、ちょっと肩を落としてため息をつくシュウ。


 そんな3人を、一番冷静に見ていたのは椿だったが、そういえば★市の紫陽花の名所は行ったことがないなと考えて。

 シュウには、すみません、と、心の中で手を合わせてから、提案した。

「じゃあ、ちょうど休みだから、明日、紫陽花の名所に行ってみませんか?」

 申し訳なくて顔は見られなかったが、シュウはきっと大きなため息をついている事だろう。

「おお、椿! よく言ってくれた! ねえ、シュウさーん、俺、紫陽花をいっぱい見たいです~。お願いしますよお」

「そういえば、紫陽花の名所って行ったことないわね。この際だから行きましょうよ」

 由利香が賛成した時点で、『はるぶすと』従業員の運命はほぼ決まる。

「僕は行ってもいいよ。お姉様にたてつくと後が怖いし」

「なにを!」

 ペシッと冬里の頭上に手刀を落とす由利香。

「ふふーん」

 あっさり真剣白羽取りされてしまうが、こうなるのも想定済みだ。

「で? シュウはどうするの?」

 由利香とふざけた体制のままニッコリと微笑んで聞いてくる冬里に、最後まで抵抗するかと思われたシュウは、予想に反してちょっと困ったような微笑みを浮かべただけだった。

「行くよ、花を愛でるのは好きだからね。・・・ただ」

 と、シュウは今度こそ大きくため息をついて言った。

「行き先と行程は私が決めるから。今からだとあなたたちに任せると、きっと夜が明けてしまうからね」

 そっちかー!

 ため息の方向を間違えていたことに気づいた椿は、猛烈に反省して、心の中ではなく、今度は本当にガバッと最敬礼していた。

「すみません! よろしくお願いします!」





 週明け。

 店の立て看板には、紫陽花の絵はなく。

 そのかわり店内に、紫陽花の美しい「写真」がセンス良く配置され、訪れるお客様の目を楽しませている。

 ようこそ、いらっしゃいませ。

『はるぶすと』は本日よりしばらく、心持ち趣向を凝らして営業いたします。











夏の章に入りました。

ものすごい紺色のとものすごい赤紫の紫陽花は、筆者が道行く途中で本当に目にしました。

濃い色の紫陽花って珍しいですよね。

さて彼らは紫陽花の名所で、写真の腕を振るったようですね。

まだまだ歳時記続きますので、またどうぞお越し下さいませ。



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