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お花見 こぼればなし

前回の「秘めておかまし」では語られなかったあれこれを、ちょっとしたエピソード風にまとめてみました。どうぞお楽しみ下さい。



★たすきをかける


 お花見の当日、シュウは特に他意もなくはじめから着物に袴をつけて店へ下りていく。

 いつものように庭の手入れを始めたところであることに気がつき、いったん店へ帰ると裏階段を2階へ上がる。

 そこで夏樹とすれ違った。

「あれ? シュウさん、もう着物着てるんすか」

「ああ、そうだね。これだと途中で着替える必要もないしね」

「へえ、さすがっすね。俺なんか着物だとまだちょっと動きにくくて」

 てへっと恥ずかしそうに笑う夏樹にほほえみを返して自分の部屋へ行き、目当ての物を手にまた店へと下りていった。


 そのまま庭へ出ると、ちょうど夏樹が水やりのためにホースを伸ばしているところだった。通りの近くまで行っていた夏樹は、シュウの姿を認めると声をかける。

「あ、シュウさん、ちょうど良かった」

 シュウは、たぶん水を出してもらいたいのだろうと察して、頷きながら持ってきた紐を口に咥えた。

「水出してくれ、ま、・・・す、か・・・」

 なぜだろう、こちらを見ていた夏樹の言葉が、途中から途切れ途切れになる。

 顔を上げて見てみると、ポカンと口を開けた夏樹がそこで固まっている。

 そして、ホースを放り出して急にこちらへ走り寄ってきた。


「し、シュウさん! 今のはなんすか? マジック?」

「え?」

「なんかこの紐、」

 と、シュウの肩の辺りを指さして言う。

「これを口に咥えて、こう、なんかくるくるっシュッてして!」

「ああ、たすき掛けのこと? 着物の時は袖が邪魔になるからね。夏樹もたしか以前していたはずだけど」

「はい、した事ありますけど、俺が教えてもらったのは、紐を輪っかみたいに結んでからする奴で」

 それは簡単なやり方だねと言おうとして、夏樹の目がキラキラ光り出すのに気づく。


 ああ、これは。


「ううー! なんか、かっこいいー! 俺も今のシュウさんみたいなやり方をしたいです! どうか教えて下さい!」

 やはり思った通り、夏樹はテンションが上がって瞳がキラキラからウルウルに変わっている。心の中で苦笑したシュウは、キッチンを指さして言った。

「いいけれど、今日はそれどころではないから。また明日以降、時間があるときにしようか」

 はっと気がついた夏樹は、ほんの少し残念そうにしたが、次の瞬間にはもう、今日のお花見弁当へと切り替えが出来ている。

「はい、でも、約束っすよ」

 ニイ、と笑ってほっぽり出したホースの所へ行く夏樹を見て、彼は器用なのですぐに覚えてしまうだろうが、明日はちょっと大変になるかな、などと思うシュウだった。




★着物にこだわる


「で? なんで今年に限ってお花見なんかしようと思った訳?」

 夏樹が店へ下りていった後、朝食の片づけをしながら冬里がちょっぴり興味深そうに聞いてきた。

「ああ、それは」

 庭の桜がほころぶと「細雪」の和歌を思い出すと言う話をし、けれどいつもはそんな風に思わないし、本当に今年に限ってなのだけど、と少し困ったように説明した。


「ふうん」

 そこで話が途切れたので、もうこの件については終わったのかなと思っていると、ランチの支度のためにリビングを出て行こうとしたとき、唐突に話の続きが始まった。

「細雪を思い出すのなら、着物にすれば?」

「?」

「当日。細雪って着物の柄だとか今日はどういうのを着るだとか、結構着物にこだわるじゃない? お手前するから夏樹と椿は羽織袴だし、あ、僕もか。だったらシュウも和服にしてさ。でも、野郎だけが和服だと色気もへったくれもないじゃない」

 と、少し可笑しそうに言ってから話を続ける。

「どうせ由利香ももれなく付いてくるだろうから、着物着てきてもらって、来店してくれる常連さんにも、無理のない程度にってお願いしたら? 最近、和服に注目が集まってるらしいし、ご自分で着付けが出来るマダムもけっこういると思うよ?」

 それは、シュウもちらと頭をよぎったことだったが。

「それも考えたのだけど、そうはいっても、現代人にとっては和服はまだ敷居が高いかな、と」

「うーん、・・・・」

 すると冬里は、裏階段の途中で立ち止まって何か考えている。

 また奇抜なアイデアが出てくるのかな、と、シュウはその様子を見て同じように立ち止まる。

「じゃあさ、着付けとヘアアレンジを趣味にしてる知り合いがいるから、当日、店の個室を着付け会場にして、着物を持ってきてもらったらどう? あ、着物の貸し出しも出来ると思うよ? それこそ振り袖から渋い大島まで」

「え?」

「それならなんの問題も、ないよね?」

 あっさりと言ってのける冬里に、シュウがとんでもないというように言う。

「けれど冬里の知り合いなら、京都からわざわざ来てもらうんだよね。そこまでしてもらうわけには・・・」

「なんで? ★市にいるんだけど? しかも結構この近くだし。趣味でやってるから代金はいらないどころか、着付けのモデルになってくれるなら、モデル代払っても良いって感じの変わり者だよ」

 またまたあっさりという冬里に、二の句が継げなくなる。さすがと言うか、顔の広い冬里のネットワークは、日本中を網羅しているらしい。

 シュウはそれなら仕方ないと言うように微笑んで、そのあと頷いた。

「わかったよ。だったら冬里に任せるよ」

「そだね、マダムはともかく、OLさんたちにとっては晴れ着ってやっぱり敷居高いだろうから、着付けつきで借りられるとなったら来てくれると思うよ」

「そうかな」

「うん、そのあたりは夏樹に説得してもらってもいいし。細雪なら、袂の長い着物は必需品だからね」

 ふふ、と楽しそうに笑って階段を下り始めた冬里の後を追って、シュウもまた微笑みながら店へと下りて行ったのだった。


 そんないきさつがあって当日、長い袂の晴れ着美人が、何人も野点に華を添えてくれたのだ。

 冬里が言ったとおり、やってきた知り合いは、着付けもヘアアレンジも、貸し出しの着物代すらいらないという。困ったシュウが冬里に相談すると、彼はあっさりと言ったものだ。

「じゃあこのあと、シュウのお茶でうーんと癒やしてあげてよね」




★彼


「鞍馬先生!」


 カラン、とドアベルが鳴り、いらっしゃいませと口にするより先にその声が聞こえた。

「こんにちは」

 そこに立っていたのは、シュウが習い事として始めたにもかかわらず、結局教える立場になってしまった剣術教室の生徒だ。

 シュウは微笑んで彼を歓迎する。

「いらっしゃいませ、お待ちしていましたよ」


 教室で、何の気なしに今日のことを師範相手に話していたら、彼が興味深そうにいろいろ聞いてくるので詳しく説明すると、鞍馬先生の本業を見てみたい、そのお花見弁当も食べてみたい、と、熱心に言ってきた。

「それなら、ご両親と相談して下さいますか? 私の店は隣の★市にありますし、貴方がひとりで来るわけにはいかないでしょうから」

 と伝えると、素直な彼は「はい」とすぐに返事をしてその日は帰って行った。

 するとその夜、彼の母親と名乗る女性から連絡があり、お花見弁当、もし予約が出来るなら3つお願いしたいとのことだったので、快くOKしたと言うのがいきさつだ。


「ここが先生のお店ですか」

「はい、そうです」

 シュウが答えると、彼はかなり遠慮しながらもあちこちに目をやって興味津々という感じだ。可愛い生徒のその様子に、シュウは由利香を呼ぶと、店の中を案内してくれるよう頼む。幸いまだ他のお客様は見えていない。

「鞍馬くんの生徒さん? いいわよお、さ、いらっしゃい」

 由利香は手を引かんばかりに彼をまず暖炉の方に連れて行った。


 そんな2人を見送って、シュウは改めて彼の両親に挨拶する。

「ようこそ『はるぶすと』へ。ご注文ありがとうございました。今日はお持ち帰りされるとのことでしたが、間違いありませんか?」

「はい、息子がとても楽しみにしていたんですよ」

「ついでに私たちも」

 顔を見合わせて嬉しそうに微笑む彼の両親は、彼の性格を反映しているような、穏やかで人当たりの良い雰囲気の2人だ。

「こちらがお弁当です。中を確認されますか?」

 頷く2人の前で竹かごのふたを開くと、彼らの目がまん丸に見開かれる。

「まあ、なんて綺麗」

「すごいな・・・」

 驚きのあとは2人とも満面の笑顔だ。

 そのあと、お出かけ先で竹かごのふたを開けた彼も、目を見開いた後、満面の笑顔を見せていた、と、後日わざわざお礼の電話をかけてきた彼の母親が教えてくれた。



「あれ? 秋渡さんがいる」

 店の案内の最後に窓から外を見た彼が言った。

「はい、って、え? ああ、椿のこと」

「え?」

「ふふ、何を隠そう、私、椿の奥さまでございます」

 え? と言う顔をした彼は、しばらく固まっていたが、我に返るとスッと背筋を伸ばしたあと、丁寧にお辞儀した。

「はじめまして、秋渡さんの奥さま。よろしくお願いします」

 その丁寧な挨拶に、由利香はアタフタと礼を返している。

「あ、いえいえこちらこそ初めまして。道場では椿がいつもお世話になっております」


 そのあともう一度外を見た彼が、不思議そうに言う。

「秋渡さんはお客様ではないんですね。お茶の道具を用意しているみたいです」

「ああ、そうなのよ。私たちは鞍馬くん、・・・鞍馬先生のお友達なの。だから今日はお手伝いに来てるのよ。それでね、椿は中学生の頃、茶道を習ってたんですって。で、夏樹、あの、横にいる背の高いあいつ、が、自分も茶道を習いたいって言うんで、おつきあいして再開したのよ」

「そうなんですか。中学生の頃に」

「なあに? 貴方も習いたいの、茶道」

「興味はありますが、今は剣術が楽しいので」

 そんな風に言いつつも、椿から目を離さない彼がなんとなくほほえましくて、由利香は彼の手を取って店の入り口へと向かう。

「椿の点てたお茶、頂きに行きましょ」

「え? あ、はい、でも」

 と、シュウと両親の方に目をやる。

「大丈夫。鞍馬くん、ちょっと彼、借りるわね」

 返事を聞くまもなく外へ出た由利香は、いたずらっ子のような顔をして彼と2人、紅い毛氈のベンチに座る。

 ひととおり道具の用意を終えた椿がふとこちらに気づき、不思議な取り合わせに怪訝な表情を見せる。けれど丁寧に頭を下げる彼に、椿は柔らかく微笑んだ。

 そして2人のために、最初のお茶を点て始めた。




★依子とネコ子とタマさんと


 シュウから遠慮がちに、お花見と野点をしようと思うので、出来ればお手伝いに来てもらえないかと連絡があったとき、依子はちょっとためらった。

 というのは、それが土曜日だったからだ。

 ここのカフェは土曜日曜はけっこうお客様が入る。依子1人が抜けたところでどうと言うことはないだろうが、それでもいないよりはましだろう。

 そんな風に迷っているとき、背中を押してくれたのはもちろん響子とその旦那様。

 そして意外な人物? が同行を要請してきたのだった。


 にゃ~お~ん

「え? ネコ子、一緒に行きたいって、どういうこと?」

 にゃおん

「あ、そうね、★市も久しぶりですものね」

 キュ、と目を閉じる。

「・・・わかったわ、OK、それなら一緒に行きましょう」

 にゃ


 依子から話を聞いた響子は、「良かったわね、旅の道連れが出来たわよ」と、とても嬉しそうに2人を送り出してくれたのだった。


 始発で奈良を出発した依子は、到着した★市の最寄り駅ホームで、まっさきに狭いゲージからネコ子を解放した。

「窮屈だったでしょ。ごめんなさいね」

 うーんと伸びをして、にゃおんと鳴いたネコ子がふっと依子の後ろに目をやる。振り向いたそこには、タマさんがピンとひげを伸ばして座っていた。

「お疲れだったな、ネコ子。依子もご苦労」

「まあ、お出迎え、ありがとう」

 するとタマさんは、うむ、と鷹揚に頷く。

「俺はネコ子を案内するところがあるから、お前さんは安心してクラマの所へ行きな」

「あら、そうなの?」

 ネコ子の顔をのぞき込むと、彼女はちょっと嬉しそうに、にゃん、と鳴く。依子はなんだかほほえましくなって笑顔で頷いた。

「わかったわ、じゃあよろしく頼むわね、タマさん」

 軽く手を振って、ホームから走り去る2人を見送っていると。

「お話しは終わりましたか?」

 やけに済ました声が改札の向こうから聞こえてきた。そこには着物姿の由利香が立っていて、嬉しそうに彼女を出迎えてくれたのだった。


 椿の運転で『はるぶすと』に到着した依子は、着いて早々、店の個室へと放り込まれる。

「あら、素敵な方ねえ。そうねえ、貴女にはこれ、か、これが似合うと思うけど、趣味に合わなければ遠慮なく言って」

 そこにいた年齢不詳の女性2人に着物を選ばされたあとは、もう一つの個室に放り込まれて、こちらも年齢不詳の優男に髪をアレンジされる。そしてまたまた着付け室に戻ると、あっという間の早業で着付けを終える。

「依子さん、すてき・・・」

 出てきた彼女に向けた由利香の感想からすると、腕は確かなようだ。


 それに、苦しくないしとても動きやすい。

 これならお手伝いも楽勝ね、と、止める夏樹を振り切って、結構大きな看板を抱えて店の外へ出る。

 そこには、いつの間に着いていたのか、ネコ子が桜の木の下にちょこんと腰掛けていた。

「あら、もう用事は終わったの?」

 キュ、と目をつぶるネコ子。

「そう、じゃあ今日はゆっくり楽しんでね」

「そうさせてもらう。けど、お前力持ちだな」

 すると、木の後ろから現れたタマさんが、あきれたように言う。

「これくらい平気よ。それに着付けの人が上手でね、とっても動きやすいの~」

 依子がよいしょと看板を持ち上げたところで、後ろから来た夏樹がひょいとそれを取り上げてしまう。

「ダメっすよ、着物が汚れます」

 そういう夏樹はまだ洋服姿だ。

「ほほう、夏樹は騎士道精神旺盛だな」

「てへへ、じゃあこれは俺が設置しておきますね~」

 通りへ向かう夏樹に、ほんの少し不服そうな依子だったが、いつの間にか足元へ来て彼女を見上げるネコ子のまなざしにふっと口元が緩む。

「そうね、今日は私、お姫様でいることにするわ」

 にゃおん、と鳴いた彼女はタマさんとまた庭の散策へ戻って行った。



 その日の夜は、久々に依子に会えたから、と、由利香は元自分の部屋で、依子と二人きりの女子会を楽しむ予定だ。

 哀れ椿はひとりぼっち、ではなく、こちらは夏樹と2人、彼の部屋で久しぶりに夜な夜な語り合う手はずになっている。

 夕食を終えた由利香は、「寝ちゃうと困るから」と、早々に依子を引っ張って部屋にこもってしまっていた。

「あ~うるさいのがいなくなって良かった」

「すみません」

「あ、由利香じゃないよ、依子の方」

 謝る椿に、ひらひらと手を振って答える冬里。

 そこへ風呂から上がった夏樹がキッチンで何やらゴソゴソと食料をあさっていたかと思うと、アルコールやらおつまみやらを手にいっぱい抱えてやってきた。

「お風呂お先でした。じゃあ、俺も寝てしまうと困るんで・・・、椿、部屋へ行こうぜ」

「お、おう。ではおふたりともお休みなさい」

「お休みなさい、シュウさん、冬里」

 と、こちらも有無を言わせず夏樹が椿を引っ張っていってしまった。


「さて、僕もお風呂タイムして寝ようっと」

 冬里も疲れたのか、ふわぁとあくびをして立ち上がる。

「明日は朝ゆっくりするからね~」

 後ろ手に大きく手を振りつつ、いったん部屋へと戻る冬里に「はいはいわかりました」と苦笑しつつ答えを返すシュウ。


「じゃあ、俺たちはこれから夜の集会へ行ってくるぜ」

 と、昼間たっぷりリビングで惰眠をむさぼったネコ子とタマさんが、思い思いに背を伸ばす。

「では、ここからどうぞ」

 シュウがベランダの窓を開けて彼らを手招くと、2人はスタスタと外へ出て、ひらりと庭へ飛び降りた。


 振り向いて見上げると、月を借景に、シュウが微笑んで彼らを見送っていた。




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