鯉のぼり
風薫る5月のある日。
五月晴れの中、冬里に用事を言いつかった俺は、住宅街を駅前へと歩いている。
いつも通い慣れた道、見慣れた風景だから、特にあたりに注意も払わずにいたんだけど、目の端を何やら見慣れないものが、チラ、と横切った。
「?」
なんだろうと顔を上げて視線をそこに合わせてみる。
すると、家と家の間に、ハタハタと翻っている大きな魚が垣間見えている。
鯉のぼりだ。
「ああーもうそんな季節かあ」
日本に来て初めて鯉のぼりを見たときは、俺お決まりの、
「うわ! シュウさん、シュウさん! あれはなんすか?! なんかでっかい、魚が!」
と言うセリフを繰り出して、シュウさんを苦笑いさせたものだ。
女の子の健やかな成長を祈るのが桃の節句のひな祭りなら、男の子の健やかな成長を願うのが端午の節句の鯉のぼり、だそうだ。まあ他にも兜を飾ったりするらしいんだけど。
昔の家はほとんど平屋だったから、「屋根より高いこいのぼり」って言う歌のとおりだったそうだが、今は2階建て3階建てが当たり前になって「屋根より低いこいのぼり」になっちまったんだな。
けれど、本当に泳ぐように風をはらむそれは、なんだか誇らしげだ。
よく見ると、その鯉のぼりには、一番上のペラペラしたやつ、なんて言うんだっけ、あ! そうそう、吹き流しだ、の下に、4匹? の鯉が泳いでいた。
その家の前をゆっくりと通り過ぎながら、俺はちょっと楽しい事を考えていた。
一番上のでっかい鯉は、やっぱハル兄だよな~、広い懐でみんなを大きく見守ってくれる。
で、次のはシュウさん。みんなを見守るのはハル兄と一緒だけど、どっちかって言うとシュウさんの場合は母性っていうか、お母さんみたいな感じだなー、へへ、すんません。
お次はやっぱり冬里。ちょっと小さめの鯉なんだけど、上の2匹を圧倒する勢いで翻ってる。楽しいこと大好きの冬里にぴったり、かな。本人には怖くて言えないけど。
で、一番下の一番ちっちゃいのが、俺。まだまだみんなにはとうてい追いつけないけど、それなりに頑張ってるつもり。パタパタと一生懸命って感じで翻るそいつを見て、うっし、俺も頑張るぞ、と、思わず拳を握りしめたのだった。
あ、急がなくちゃ。
冬里に頼まれたおつかい、遅くなったら大変だ。
少し急いで歩き出すと、どこかの家から、ミカンのようなにおいが、漂ってきた。
「鯉のぼり」
甍の波と 雲の波
重なる波の 中空を
橘香る 朝風に
高く泳ぐや 鯉のぼり
童謡 作詞不明
春なのになぜか鯉のぼりから始まります。
夏樹と同じように、道行く途中で立派な鯉のぼりを見つけてしまったので。
それと、著者はこいのぼりの歌、掲載してある方が好きなんですよね。
最近はあまり歌われないようですが。
ちなみに、橘はミカンなどの柑橘の木の総称です。




