冬から春へ
店の出入り口を開けると、そこは銀世界だった。
シュウは庭の手入れをするべく足を踏み出そうとして、ふと思いとどまる。
まあ、今日はこのままにしておきますか。
優しい笑みを浮かべてドアを閉じると、そのままキッチンへ入り、珈琲でも入れようかとポットを火にかけた。
しん、と音がしたような気がして、窓から外を覗くとそこは銀世界だった。
冬里は足跡一つ無い庭を眺めて、可笑しそうに微笑む。
まーた過保護な誰かさんが誰かさんのために、新雪のままにしておいたんだろうね。
ふわあ、とあくびをすると、彼は朝の支度をするべく部屋を出ていった。
リビングのカーテンを開いて外を見ると、そこは銀世界だった。
「うわっ雪だ! しかもけっこう積もってますよ、シュウさん! 冬里! うわあ珍しい~なんかこんなの久々だぁ」
温暖な★市では、積もるような雪が降ることは年に数えるほどだ。なので夏樹が雪を見て喜ぶのも無理はなかった。
降雪地帯の人にとってはやれやれだろうが。
けれど夏樹ははじめて雪を見たわけでもないし、むしろ雪深い土地に暮らしていたこともある。ただ、この冬の間に、★市でこんなに沢山の雪が降ることはもうないだろうとシュウが考えて、今朝の庭仕事を取りやめにしたのだ。
「あれ、でも今日はシュウさん、まだ庭の手入れしてないんすか?」
「ああ、夏樹に足跡のない綺麗な雪景色を見せてあげようと思ってね」
「シュウさん・・・」
感激してちょっとうるっとしている夏樹に、冬里ではなくシュウが笑って言う。
「だけど、あのままだと店をオープンできないから、アプローチの雪かきはお願いできるかな。たぶん昼までに少しは溶けると思うけれど」
そのセリフに、今度はちょっとホケッとしていた夏樹だが、すぐさま「ラジャ!」と、コートと手袋をひっつかみ、嬉しそうに裏階段を下りていく。
窓から外を見ていると、新雪にポスポスと足跡をつけては振り返り、大喜びでいったんガレージへ行き、スコップを持ってきてせっせと雪をかき始めた。
そんな様子を苦笑して見下ろすシュウの隣に、冬里がやってきた。
「嬉しそう」
「ああ、子どもみたいだね」
「と言うより、犬は喜び庭駆け回り、かな」
思わずうつむいて笑いをかみ殺していたシュウだが、さっと気分を立て直して言った。
「さて、朝食の準備をしますか」
「でもさあ、こんなに寒くても、もう春なんだよね」
サラダにかけるドレッシングを作りながら、冬里が唐突に言う。少し考えたシュウが納得したというように答える。
「? ああ、暦の上では、だね」
ついこの間、立春を迎えた矢先の、今日の大雪だったのだ。
「そ、冬ってさ、なぜか追いやられてるよねー春が待ち遠しいのはわかるけどさ」
そんな言い方をする冬里を珍しいと思いつつ、シュウは自分の正直な思いを述べる。
「そうかな? 考えたこともなかったけれど。私は凛とした寒い冬は好きだよ」
すると。
「俺も冬は大好きです!」
リビングのドアが開いて、夏樹が上気した赤い顔で2人の会話に参加する。
「雪かき、終了しました! 楽しかったっすー」
「どうもありがとう」
「ちょっと汗かいちまったんで、シャワーしてきます」
本当に楽しそうに言うと、夏樹はいったん自室へと消えていった。
その姿を見送りつつ、何やら思案顔だったシュウが思い出したように顔を上げる。
「そういえば、奈良ではお水取りが終わると春が来ると言われているんだったね。3月12日にすべての行事が終わるから、それまでは冬と言うこと。だから一概に立春が冬の終わりとは言えないよ。旧暦は、現代とはかなりずれているから、そう気にしなくても・・・」
冬里はシュウの説明を聞くうちに、ふっと微笑んでさも楽しそうな顔になる。
「やーっぱり、シュウってさ、過保護で天然で、だよ」
「なんでそうなるのかな」
少し苦笑いのシュウと可笑しそうな冬里と。
そんな2人を見上げるように、庭には、春夏秋冬のつもりだろうか、4体のスノーマンが仲良く並んで立っていた。
こんな寒い日は、暖かいお飲み物をご用意して皆様のお越しをお待ちしております。
『はるぶすと』は本日も、通常通り営業しております。