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年明け

 もういくつ寝るとお正月。

 12月も25日を過ぎると、日本はいきなり日本になる。

 え? どういう意味だって? いや、そのまんまの意味。

 昨日までツリーだケーキだジングルベルだと大騒ぎしていたのをぽいっと捨てて、さあ正月だ! 注連飾りだ門松だ鏡餅だ、お年玉は? 初詣はどこ行く? とまあ、こんな感じ。日本の日本たるところ、日本人の本領発揮ですね。

 外国でずっと暮らしてきた彼らにとって、最初この変わり身の早さには正直とても戸惑った。特に、100何年か以前の日本を知っている冬里とシュウにとって、日本人自体の変わりようにも驚きを隠せない。

「幕末の日本でクリスマスなんて言っても、誰にも通じなかったもんねー」

「まあ、そうっすよね。なんたってその頃の日本って、まだ鎖国してたんすよね」

「だね」


 ただ、彼ら千年人はすべてにおいてフリー。愛すると言えば人類愛、何処に定住することもなく風のように旅しながら生きている。なので、こういう自由な感覚は心地よいものでもある。


 そんなある年の瀬のこと。

「で? 今年は何処へ行こうか」

 冬里が聞いてきたのは、もちろん初詣のこと。

 とは言え、彼らにとっての初詣は、願い事を叶えてもらおうと言うようなたぐいのものではなく、神様に会いに行く、と言う程度の軽い意味だ。

「なにもこの日に行かなくても、年がら年中会えるのにね」

「そうっすよね、ちょっと耳をすませば、普通に声が聞こえるのに」

「その時間もないほど、今の時代って忙しすぎるんだよねー」

「変な世界っすよね」

 肩をすくめて言う冬里の言葉に、少し悲しそうな夏樹だ。

 シュウはそんな夏樹を優しい表情で見ていたが、そのあとにまた魅力的な提案を持ち出した。

「今年はお世話になっている★神社に、おせちを持って行こうか」

「え? おせち? 」

 そういえば夏樹は、日本にいるのにまだ料理としてのおせちを作ったことがないと言う事実に、今初めて気がついたのだった。

「ほんとっすか? いやったあ、おせちおせちー、って、名前は知ってるけど、実際どういうものですか」

「それは自分で調べるもの、だよ?」

 可愛く首をかしげる冬里に、「はい!」と敬礼などして、

「まだ時間あるっすよね。ちょっと本屋へ行ってきます!」

 と、ランチとディナーのほんのわずかの時間で、疾風のように本屋へ行き、今が季節の正月料理の雑誌や本をわんさと買い込んで来たのだった。


「けっこうあるんだね、おせち料理の本って。でも、こんなに揃えなくても、現代はネットの時代だよ? しかもうちには超一流の先生が2人もいるのに」

「てへっ、そうでした」

 そう言ってぺろっと舌を出して頭をかく夏樹だったが、その横で、シュウがテーブルに所狭しと置かれた雑誌の一つを手にとって内容を確かめている。

「けれど、おせちも時代にあわせて相当変わってきているようだよ、冬里。洋風、中華、宗教的な意味で食べられない食材を使わないもの、完全な菜食のもの、他にもね」

「へえ、どれどれ、ってこれ、料理本じゃなくておせち考察の記事が載ってる雑誌じゃない」

「いや、何かの参考になるかと思って」

「ふうん」

 おせちの作り方ならぬ、そんな雑誌まで買ってきた事に、今度はちょっと恥ずかしそうに頭をかいた夏樹だったが、冬里がそのままその雑誌を読みふけってしまったので、あれ、という感じでシュウを見る。

「なかなか興味深いことが書いてあるらしいね」

 シュウは慣れたように少し苦笑すると、彼のことは放っておいて(そんな怖いこと、シュウにしか出来ないだろう)夏樹に提案した。

「では、この中で夏樹が作りたいと思ったおせちをピックアップしてくれる? そのレシピのまま作ってもいいし、アレンジしてもいいし。とにかく神様に喜んでもらえるようなおせちを作ろうか」

「はい!」

 シュウの言葉に、夏樹は本当に嬉しそうに顔をぱあっと明るくした。

「でーもさー、三が日は神様たち、超忙しいよ。いちいち取り分けるんじゃなくてさ、サンドイッチみたいに片手で手軽に食べられるのも用意しておけば?」

 横から、雑誌から目も離さず、さらっと言ってのける冬里。

「え? 冬里聞こえてたんすか? 」

「当たり前でしょ、こんな近くで話してるってのに」

 と、目は雑誌の文字を追いながら、夏樹に答えている。

「でも、雑誌読んでますよね・・・」

「これくらい、同時に出来なくてどうするの」

「はあ」

 冬里の器用さに、あらためて感心しつつも少し青ざめる夏樹と、その横で笑いをこらえるシュウがいた。


 こんなに小さな都市なのに、★神社は毎年、結構な人で混み合っている。

 一の鳥居を抜けて拝殿へと向かう両側にも、祭りの時のような屋台がずらりと軒を並べて賑わっている。

「日本人にとっては、正月もお祭りなんすかねー」

「うーん、まあ昔はほとんど娯楽がなかったから、正月も晴れの日に入ってたのかな」

「晴れ? お天気がいいって事ですか?」

「特別な日と言う意味で使う言葉だよ、夏樹」

「へえーやっぱ日本語は面白いや」

 などとたわいもないことを話しながら、彼らは参拝の列に並んだ。

 一般人? に混じって基本通りのお参りをしたあと、3人はとっとと神社をあとにする。そのまま神社の周りに張り巡らされた白壁に沿って歩いていると、ふいに壁に小さな出入り口が現れた。

 彼らは何食わぬ顔をして、その出入り口を軽々と開けて中に吸い込まれていった。

「ようこそ」

 彼らが中へ入ると、目の前に立っていたのは、なんと、この神社を任されているアマテラスその人だった。

「あれえ、今日は超忙しいんじゃないの?」

 驚きもせずに冬里がおどけた口調で言う。

「おや、わたしを何だと思っておられる」

「アマテラス」

 こともなげに答える冬里に、ちょっと意表を突かれたアマテラスだったが、なんのそんなことでまいる神様ではない。

「忙しい事は忙しいが、わざわざ料理を持ってきた者を無碍になどしませぬ。早う奥へ」

「ははー!」

 またおどけて最敬礼などする冬里に、アマテラスはやれやれと言う顔をすると先へ立ち、手をひらひらと振って3人を建物の中へと招き入れる。

「失礼します」

「失礼します!」

「お邪魔しま~す」

 三者三様の挨拶で、彼らはえも言われぬすがすがしさを醸し出している建物に入っていくのだった。


「あーいつ来ても神社って良いですねー」

 夏樹が深呼吸しながら嬉しそうに言う。

「そだね」

 冬里も心持ち深く息を吐くと、靴を脱いで玄関を上がる。

「これはどちらに」

 そこで初めて、シュウがどこからかきっちりと風呂敷に包まれた重箱を取り出す。

「こちらでお預かりいたします。シュウしゃま」

 するとおなじみ、アニメネズミがどこからともなく現れて隊列を組み、手を万歳のように上方に突き上げている。ここへ乗せろと言うことだろう。

「ありがとうございます」

 シュウはゆっくりと彼らの手の上に重箱を置くと、完全に手を離してしまう前に聞く。

「重くありませんか?」

「なんのこれしき」

 アニメネズミたちはシュウの思いやりに頬を紅潮させつつ、「では」と足並みを揃え、スススと奥の方へ消えてしまった。

 アマテラスはそのやりとりの間にいつの間にか姿が見えなくなっていた。けれど誰に案内されるでもなく、彼らは屋敷の奥へと進んでいく。いくつかの角を曲がったところで足を止めると、横のふすまがすいっと開いた。

「おおー、よう来なさった」

「もうはじめておるぞ」

「さて、楽しみ楽しみ」

 中は大広間になっていて、大勢の神様が杯やグラスを手に楽しそうに歓談している。それらが一斉に声をかけてきたのだから、たまったものではない。

 夏樹は「うへ」と、擬音ともつかないような声を出してちょっと焦り気味。

 冬里は、面白そうに肩をすくめている。

 シュウは冷静にあたりを見回すと、冬里に声をかけた。

御台所みだいどころへ行ってくるよ。あの量ではとても間に合わない」

「はぁい」

 予期していたように良いお返事の冬里。それにちょっと微笑んで、今度は夏樹に声をかける。

「夏樹、手伝ってくれるかな」

「へ?」

「おせち作りだよ、こんなに沢山いるってきいてなかったもーん」

「え? いまから? 作るんすか? うおお、頑張ります!」

 少し引き気味にあたりを見回していた夏樹に冬里が説明すると、予定通り? 彼は大ハッスルして、今にも飛び出して行こうとしている。

「まって」

 その襟首を、クイとつかむ冬里。

「とりあえず、アマテラスに年始の挨拶してからねー」

「は、はい」

 言われて夏樹が部屋をよく見ると、遙か彼方の一番奥まったあたり、床の間を背にして、アマテラスが優雅に鎮座している。

 冬里がニッコリと微笑んだのが合図のように、3人はあっという間にアマテラスのすぐ前に移動していた。立て膝でゆったりと座っているアマテラスに向かい合うと、まず彼らはきちんと正座して手をつき、丁寧にお辞儀をする。

「明けましておめでとうございます」

「明けまして、おめでとうございます」

「あけましておめでとうございます!」

 三者三様に年始の挨拶をすると、アマテラスは鷹揚に頷いて「まあごゆるりと」とだけ返してくれた。だがその表情には慈母のような優しさがにじみ出ている。

「早速で申し訳ないのですが、御台所をお借りします」

「ほう? いかな理由で?」

 アマテラスはわかっているのに面白そうに問いかける。

「おせちをお持ちしたのですが、どうも量を間違えたようですので」

 そんなアマテラスに応酬するように、シュウが微笑みつつ言う。

 するとアマテラスは、今度は可笑しそうに笑い出した。

「ほほ、お前も言うようになったものよ。実は我が弟がつい口を滑らせての、あとはこの始末」

「なるほど」

 どうやらその弟とは、スサナルの事らしい。3人が正月に料理を持ってやってくると、年の瀬の集まりの折りにうっかり喋ってしまったようだ。

「そりゃー来るよねえ。なんたってシュウのおせち料理だもん」

 冬里がこちらも可笑しそうに言うと、アマテラスが修正する。

「お前たち3人の、だ」

 それを聞いた夏樹が、やにわに張り切りだしたのは言うまでもない。

「わ、ありがとうございます! それなら早く行きましょうよ、シュウさん、冬里」

「んー、僕はパス」

 夏樹のお誘いに、何やら考えつつ首をかしげて冬里が言う。

「へ? なんでっすか、冬里」

「だってさ、それなりに時間はかかるよね? だったらその間の時間つなぎに、余興でもしようかなーって思ってさ。きっと料理がすぐに出てこないとうるさいよみんな」

「そう、っすかね?」

 怪訝そうに夏樹がシュウの方を向くと、彼ではなくアマテラスが答える。

「まあそうでもなかろう。されど手を煩わせるのだから礼はせねばならぬの。さて、ではわたくしも余興に参じよう。舞でよいか?」

「うん、そう来ると思って、持ってきた」

 そういう冬里の手にはいつの間にか横笛が持たれていた。

「ほほ、冬里らしい」

 2人のやりとりに驚いていた夏樹の表情が、次の瞬間残念そうになり、思わずつぶやいてしまう。

「冬里の横笛に、アマテラスさまの舞っすか? ・・・見てみたい」

「じゃあ、夏樹も残りなよ」

「え?」

 冬里の提案に、またまたおどろく夏樹。

「だって有能な助手もいるし?」

 アニメネズミのことを言っているのだろう。ただ、そうはいっても夏樹はやはり夏樹。

「うー、いや、ここはやっぱりシュウさんと一緒に行きます!」

 と、迷いながらもきっぱりと言い切った。

 そして、先に廊下へ送り出してもらったシュウのあとに続く。廊下に出てからも名残惜しげに部屋の中を覗いている夏樹の前へ行くと、珍しいことにシュウは少しの躊躇もなくふすまを閉じた。

 ふすまが閉じられるその一瞬に、冬里と視線を交わすのを忘れずに。


 御台所へ着くまではほんの少ししょんぼりしていた夏樹だが、いざそこへ入ると、色とりどりの食材、整えられた包丁とまな板、大小の鍋などにたちまち目を輝かせる。

「おお、準備万端っすね」

「あなたたちが用意して下さったのですね、どうもありがとう」

 丁寧にお礼を言うシュウと、瞳をキラキラさせながら腕まくりする夏樹に、ネズミたちはたいそう嬉しそうだ。

「シュウしゃま、夏樹しゃまのお役に立てれば、本望でございます」

 ちょこんとお辞儀して居並ぶ様子を頼もしそうに見やったあと、シュウが静かに宣言した。

「それでは始めましょうか」


 その頃。

 大広間では、神様たちが案の定ぶーぶー言い出していた。

「おおい、料理はまだかいの」

「そうじゃあ、それを楽しみにしてきたんじゃあ」

 とは言え、皆、上機嫌で本当に怒っているわけではない。はやし立てて楽しんでいるのだ。

「言ったとおりでしょ?」

「やれやれ。これは後日、スサナルにそれ相応の報いを受けてもらわねば」

「こわーい」

 ふざける冬里を少し睨むと、アマテラスはその存在を大広間いっぱいに誇張する。

「「おおーーー! 」」

 神様方はその勢いに一瞬ひるんだほどだ。

「皆、聞かれよ。料理が遅れておることはわたくしも重々承知、ここに謝罪いたします。その埋め合わせと言っては何だが、このアマテラス、年始の舞をご披露いたしましょう」

 しんとしていた大広間に、神様方のやんやの声が響き渡る。

「これはめでたい」

「アマテラス直々の舞など、なかなか見られませぬぞ」

「やんやあ」

 そのアマテラスの目配せ一つで、床の間が大舞台に変わる。

 その上冬里の衣装までもが変わっている。以前、フェアリーワールドでコスプレしたときの、牛若丸のような出で立ちだ。

「うぬ、よく似合っておる」

 満足げに頷くアマテラスに肩をすくめた冬里は、そばに控えていた眷属に何やらささやきかけた。

「承知いたしました」

 頭を下げて、ふい、と消える眷属の方を見つめて冬里はつぶやいた。

「ほんと、過保護なんだから」


 大広間ではアマテラスの舞が始まったようだ。

 ほのかに聞こえる横笛の音に、シュウは思わず夏樹の方を見やる。

 けれど料理に集中している夏樹は、他のことに気を取られる様子は見受けられない。その姿に満足そうに微笑むと、シュウは自分もまた持ち場に集中するのだった。

 料理は瞬く間に完成していく。

 やがて、美味しそうな煮物のにおいが入り交じる御台所の、最後のかまどの火が落とされた。

「よし、これであとは冷めるのを待つだけっす」

「それは我々にお任せを」

 と、どこからか大きなうちわを取り出したネズミたちが、鍋の前でそれを一降りすると、一瞬にして煮物は冷めてしまう。通常冷ます過程で起きる煮汁の吸い込みまでやってのけているようだ。

「盛り付けも私たちがいたしますので、お二方はしばらくお休み下さいませ」

 ネズミたちの言い分に、夏樹は少し不服そうだったが、そこでようやく大広間の事を思い出したらしい。

「あ~あ、そういえば、もう舞は終わっちまったみたいですね。残念だあ、見たかったー」

 すると、1人のネズミがすす、と前に進み出て言った。

「先ほどの舞は、冬里しゃまのお計らいで、録画しております。よろしければ今ここでお楽しみ下さい」

「へ?」

 驚く夏樹がネズミの指さす方を見ると、なんと御台所のやや広い空間に美しい幕が下りてきた。

「うわっすごいっす。ねえ、シュウさん! シュウさんも一緒に見ましょうよ!」

「ああ、そうだね」

 微笑んだシュウは、夏樹に手を取られて連れられるままに幕の前へ行き、用意されていたチェアに腰掛ける。

 映画のようにただ映し出されると思っていたそれは・・・

 なんと! 


 立体映像だった。


 まるで目の前でアマテラスが舞っているような感覚。

 冬里の奏でる心地よい笛の音。

 夏樹は子どものように目を輝かせて、食い入るようにそれを見つめている。

 その横顔に十分満足したシュウは、音も立てずに隣にやってきた眷属に「ありがとう」と声に出さずに伝えたのだった。

 どうやらさっき冬里と交わした目配せは、このことだったらしい。


 次々に運ばれてくるお重のふたを開けた神様たちは、扇をふりつつやんやの喝采を送る。

「良き年開けじゃあ」

「おお! これはひとくちでいただけるぞ」

「こっちは片手でポイ! じゃあ」

「楽しや嬉しや」

「やんややんやー」

「やんやあー」

 料理は最高級。

 余興も最高級。

 幸先の良い年開けの、ちょっと変わった初詣のおはなし。





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