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桜と紅葉


 桜といえば、大抵は春をイメージするだろう。


 けれど、紅葉のこの時期にも、桜の木は自分たちの目を楽しませてくれると、シュウはひそかに思っている。



 花が散り、青々とした葉が枝を覆いはじめると、日増しに日差しが強くなっていく。そんなときに桜の木の下は、庭仕事の途中で一息つくには最適の場所になる。

 ただ、おかしなことに、由利香はなぜか桜の花の時期が終わると、木のそばへ寄りつかなくなるのだ。

 シュウが不思議に思って聞いてみると、

「だって! 毛虫が落ちてくるじゃない!」

 とのお言葉が返ってきた。

 確かに、桜の木には毛虫がつきもの。葉が青々と茂り始めると、毛虫も増えて、ブランとぶら下がっていたり、ポトポト落ちているのをよく見かけたりする。こんな所でも虫嫌いの由利香の本領は発揮されるらしいと、シュウは苦笑を漏らすしかなかった。



 それはさておき、朝夕と昼の気温に差が出始めると、木々は色をつけ始める。

 店にある桜の木は、散歩の途中に見かけるものや、駅の向こう側に続く並木より若干色づくのが早いようだ。見上げると上の方の葉が少し色づいているのがわかる。

 それは日を置くごとにどんどん根元を目指して降りていき、えもいわれぬコントラストを見せたあと、最終的には燃えるような赤色になるのだ。

 その最後の色を赤やオレンジと言う表現にするだけでは、少々風情に欠けるように感じたシュウは、ふと思いついたように桜から目線を外し、庭仕事を終えると、いったん2階へ上がってリビングのパソコンの電源を入れていた。


「どしたの? ランチのレシピに不安がある、……わけないよね」

 すると、まだ2階にいた冬里が、珍しいものを見るように、そんなシュウに声をかけた。

「ああ、ちょっと、色の名前を調べたくてね」

「色の名前?」

「紅葉し始めた桜の」

「ああ……、」

 前庭の方にチラと目をやった冬里が、なるほどというように頷いた。

「でもそれって、ランチの仕込みより、大事なこと?」

「……そうだね」

 シュウは頷きながら可笑しそうに微笑む。

 本当に珍しい事なのだ、彼が仕込み前にそれを置いて2階へ来るなどと言うのは。

「仕込みは、夏樹に任せておけば大丈夫。組み立てはすんでいるしね」

「ほほう?」

 冬里がちょっぴり目を見開いたかと思うと、役者のような言い方をして顎に手を当てた。

「それより」

 また珍しい事に、シュウがいたずらっぽい顔で冬里の方を見た。

 ん? と顔を傾ける彼に、出てきた画面を示す。

 赤色を現す言葉には、日本語でも外国語でも、それはそれは沢山の名前が付いている。今回シュウが調べているのは、日本の伝統色。

 画面に目をやりながら少しずつスクロールしていた手が止まった。

「赤より赤い……、ああ、これだね。猩々しょうじょうひ

 微妙に違う赤の中で、ひときわ鮮やかな赤色を差してシュウが言った。

「ふうん、で、それが?」

「木々が最後に見せてくれる美しい色に似通っていないかな」

「……」

 肩をすくめる冬里に、ちょっと笑ってから同じように肩をすくめてみせると、またシュウはパソコンの画面に目をやった。


「……ところで冬里、ランチで今日から提供予定の生菓子なんだけど」

「ああ、今日から11月だもんね。和菓子は変わるよね。それがなあに?」

 さも面白そうなことを期待している顔で冬里が言うから、シュウは心の中で苦笑した。

「〔紅葉〕、と言う名前は、ありきたりだと思わないかい?」

「伝統的に、この時期のお菓子には、〔紅葉〕と名付けるのが決まりでございます」

 すまして答える冬里に、シュウは今度こそ隠しもせずに苦笑して見せた。

「伝統は守るより崩す方が難しいことは、重々承知しております。ですが私は、あえてそれを崩しとう御座います」

 堅苦しく調子を合わせるシュウに、冬里はまた楽しそうに笑いながら言葉を返す。

「あれれ、くそ真面目なオーナーさんの言うセリフとはとても思えない。で? 何か考えはあるの?」

「もし名前を変えるとして、そうだね、たとえば猩々しょうじょうひとか、この紅緋べにひというのはどうかな。こちらは少し早めの紅葉の色だね」

 この時点でようやく冬里は、シュウが日本の伝統色を調べている訳がわかった。

 けれど。

 冬里は、シュウがこんな、――なんと言えば良いのか、ささいなことにこだわるのを見るのが初めてだったので、物珍しいものを見るように彼をまじまじと見つめてしまう。

「なにかな?」

「ううん、僕ならともかく、珍しいなと思ってね。こーんなしょうもないことにこだわるシュウが」

 失礼なセリフを述べながら、冬里は立てた人さし指をくるくると回しはじめた。

「けど、今日から提供するお菓子のことだもんね。仕込みそっちのけになるのは仕方がないか。それに、こんな予想外な事をするシュウを見られるのは、千年に一度かもしれないし……」

 つぶやく冬里の指が、ピタリと止まったところで彼がひとつ頷く。

「うん。だったらいっそのこと、お菓子の形状も変えてしまえば? シュウが紅葉の桜に惹かれてるんなら、桜の葉っぱの形にして。名前は、そうだね……〔さくら紅葉もみじ〕なんてどう?」

「ああ……それは、いいね」




 結局のところ、冬里の案が取り入れられることになり、急遽その日の和菓子に、桜の葉の形を模した、黄と緋色と猩々緋が彩りよく散ればめられた〔桜紅葉〕が加えられた。

 その菓子の名前に興味を持つお客様もいた。

「桜紅葉? 桜なのに紅葉って、面白いわね」

「はい……」

 そこでシュウが、桜は花の時期だけでなく、紅葉の時期も目を楽しませてくれると説明をする。

「あら、今までそんなこと、考えたこともなかったわ」

「では、お帰りの際に、ほんの少し立ち止まって桜を見上げてみて下さい」

 微笑みながら庭を目で示すシュウに、お客様もつられて外を見る。


 遠目に、住宅街の常緑樹の緑と、黄色のイチョウと、ようやく色づき始めたもみじと。

 そして手前の庭には、コントラスト豊かな葉をまとった桜の樹が、冬を迎える準備を静かに進めながら、ただそこに立っていた。






うちのまわりは桜の木や並木があって、春は特にお花見に行かなくてもいいくらい素敵なんですよね。で、その桜が、秋になると葉っぱが色づいてとても綺麗だな、と思っていた事から生まれたお話しです。

紅葉といえばもみじが思い浮かびますが、イチョウやここに出てきた桜、他にも名も知らぬ木々(笑)の移ろいも、とても綺麗です。急ぎ足で通り過ぎる日常で、ほんの一秒、葉を散らす木々を見上げてみて下さい。天高く晴れ渡る青い空とのコントラスト。きっと素敵ですよ。

と言うわけで。

色んなことがありますが、『はるぶすと』は、これからも、皆さまのお越しをお待ちしております。

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