栗と豆の名月 十三夜
今日は十三夜。
中秋の十五夜と対になっている、日本古来の月見の日だ。旧暦の9月13日頃に見られることからこの名前が付いているようだ。
中秋の名月を「芋名月」と呼ぶのに対し、十三夜は「栗名月」「豆名月」と呼ばれている。各々の月の頃に多く収穫されるものをお供えとして置くかららしい。
『はるぶすと』でも、今日は、栗とこの時期に美味しい枝豆を使ったランチが提供されている。
「栗ご飯だわ! 嬉しい~。ねえ朝倉さん、これって水煮の栗とか、むき栗は使ってないですよね」
和風ランチを選んで出てきたご飯を見て、ご近所に勤めるOLさんが夏樹に聞く。
「はい? あ、栗ご飯の栗ですか? いえいえ、生の栗を丁寧に下ごしらえし、心を込めて炊かせて頂きました」
夏樹が馬鹿丁寧に言うと、彼女たちは顔を見合わせてとても楽しそうに笑い出す。
「そうよねえ、朝倉さんたちなら水煮は使わないわよねえ」
栗ご飯を一口食べて、美味しい~と幸せそうに頬を緩めた1人がしみじみという。
「どうしたんすか?」
それを見た夏樹が不思議そうに聞く。
「ああ、ええっとね。この間、生の栗を沢山頂いてね、わー! どうしようってなったんだけど、腹をくくってネットで調べて皮むきをしたの」
「ああ、あの話ね」
隣のOLさんが可笑しそうに言う。
「そしたらね、堅い皮のほうはするん! と剥けて、なーんだ、簡単じゃないって思ってたら」
「渋皮がねー」
「もう、先に言わないでよ。そうなんです、渋皮って、あんなに剥くのが大変だなんて思わなかったわ!」
「実がほとんど残らなかったんですって」
その肘を突いて恥ずかしそうにするひとりと、面白そうに笑うひとり。
「はあ、そうなんすか……、それはもったいなかったっすね。……あ、けど、」
「後でよくよく調べたら、一度煮てから皮むきすると簡単なんですって。そうよね?」
続きを言いかけた夏樹にかぶせるように言う彼女が、念押しのように聞いてきた。
すると夏樹は、ご名答という感じで人さし指をピッと立てる。
「はい、そのとおり!」
そして綺麗にウインクして輝くばかりの笑顔を見せると、おふたりははっと目を見開いたあと、夢見るように嬉しそうに笑う。
隣でシュウがうつむいて微笑んでいるのは、その昔(と言うほど昔ではないが)、料理修行前の由利香がジャガイモの皮むきをして、実がほとんどなくなったと言うエピソードを思い出しているのだろうか。
「なーに?」
それを見逃すはずもなく、面白そうに聞いてくる冬里に、
「いや、何でもないよ」
と、すまして答えるシュウだった。
中秋の名月の折に、《つくよみのみこと》に寂しい思いをさせた事を気にした月が、今回は3人でと提案してきたので、シュウは今宵の会合のために周到に用意をしていた。
まず、月見団子や、栗や豆を使ったつまみなどを、以前使わせてもらった、《おおくにぬしのかみ》の料理処に用意すること。
毎回、《すさのおのみこと》の家では申し訳がないと言う理由で。もちろん《おおくにぬしのかみ》は大歓迎だ。
なるべく宴は少人数でお願いします、の言葉は忘れずに。
《つくよみのみこと》と自分は、途中でその場を離れても良いこと。
他の方々は、邪魔はしないでね~。これは《つくよみ》より。
と言う経過があって今に至ったのだが。
カラリ
料理の用意が整ったと伝えに来たシュウが、御簾ではなく、なぜだか厳重に閉じられていたふすまに眉をひそめつつ、とりあえずそれを開けてみると。
「おお~、待っておったぞ」
「今宵は団子だけでは、ないようじゃの」
「楽しみ、楽しみ」
「たのしみ~」
「ヤンヤヤンヤ~」
大広間に所狭しと鎮座した神さま方が、いっせいに振り返っててんでに話し出す。
………ぱたん
シュウは思わずふすまを閉じてしまう。
「……まったく」
ため息をつきながら、いつもながらどこで聞き及ぶのか、神さま方には途方に暮れさせられる。
―――また料理の分量を間違えましたか。
すると。
いつの間にか、《つくよみのみこと》が、もじもじそわそわしながら、なぜかシュウと目を合わさずにそこに立っていた。
「《つくよみ》さん? なぜここに。……まさか」
「そのまさか、だよ。……ごめん、クラマ。でも僕、今日がとても楽しみで嬉しくって、つい、口が滑っちゃったんだよ~、ホントごめん~~」
これが冬里の言葉なら、もうひとつ大きなため息をつくところだが。
邪気のかけらもない《つくよみ》の、本当にすまないと思う気持ちから出る言葉には、少しばかり苦みの入った微笑みを返すしかない。
「いいえ、楽しみにして下さったこと、とても嬉しく思います」
すると《つくよみ》は、ホッとしたように胸をなで下ろした。
「ああ、良かった」
「ですが、しばらくお待ち願えますか? 料理を追加しなくてはなりませんので」
「うん、もちろんだよ! アニメネズミたちを使えるように、《おおくに》には僕からお願いするよ」
「はい、……」
その申し出はとてもありがたいのだが、やはりここは夏樹か冬里に来てもらわねばならないか、と考えていると。
ズガガガガーン!
お決まりの大音量で、ヤオヨロズが現れた。
隣には冬里が、なんと! 自分より大柄の夏樹〈熟睡中)の首根っこをつかんで、ぶら下げながら立っている。
「よお、呼んだよな?」
「ほーんと、君たち兄弟は色々やらかしてくれるよね、《つ・く・よ・み》?」
「ああ~ごめん冬里」
泣きそうな声で言う《つくよみのみこと》に、冬里はいつもの微笑みを崩さずに言う。
「ふふ、いーよ。僕はこの眠り姫を引き渡したら、帰るから」
「え? 宴に参加しないの?」
「うん、眠いし。あ、夏樹も役目が終わったら、とっとと送り返して良いよー」
ふわあ、と大あくびをしたあと、夏樹を、またまたなんと! 片手でポイとシュウの方に投げてよこし、冬里自身はヤオヨロズに目配せをするやいなや、ふっとその姿が消えてしまう。
「……まったく」
夏樹をお姫様抱っこで受け取ったシュウは、ため息をついた後、「では、御台所をお借りしますね」と、夏樹を抱いたまま御台所へと早足で向かう。
しばらくポカンとして事の顛末を見ていた神さまが、はっと我に返る。
「ヤオヨロズ~」
なんとも情けない声で言う《つくよみのみこと》の頭をガシガシとかき回すと、ヤオヨロズは豪快に笑い出した。
「いいんじゃねえか? シュウはお前さんと月と話が出来りゃあいいし、夏樹はどんなに熟睡してても、料理が作れるとなれば大喜びで覚醒するし。あ~、冬里は、だな」
言いよどむヤオヨロズに、ちょっと不審のまなざしを向ける《つくよみのみこと》。
「……」
「ああ見えて、あいつは人の世話をするのが好きなんだろうよ。お節介ってヤツだな」
はっと何かを感じた《つくよみのみこと》は、ちょっと嬉しそうに微笑むと、
「御台所の様子を見てくる」
と、シュウが向かったその方へと歩き出すのだった。
御台所では、さっきまで熟睡していたとは思えないような、元気な夏樹の声が聞こえている。
「またここで料理出来るなんて、最高っすね!」
「ああ、そうだね」
並んでテキパキと料理を進める2人を見た《つくよみのみこと》は、ニコリと優しい微笑みを浮かべたあと、そっとその場を離れて行った。
宴会場では、今日は本物すごろくが行われている。
神さま自身が駒となって、リアルにすごろくを進めていくというものだ。
さてそこは神さまのこと、止まった場所に書かれている内容は、あちこちから横やりが入って、とんでもない内容に変わったりもする。ただ、それすらも楽しんで大笑いするのだ。
神さまは楽しいことが大好きだ。
料理が出来上がると、アニメネズミたちがそれらをやんやと運んでくる。
「おおー、これはこれは」
「栗じゃー」
「豆じゃー」
「よきかな~」
神さまは美味しいものが大好きだ。
「ああ、神さま方嬉しそうっすね、良かった」
「そうだね、ありがとう夏樹。せっかく気分良く寝ていたのに」
「いえいえ! 寝るのも楽しいっすけど、料理はもっと楽しいです!」
すまなさそうに言うシュウに、手をぶんぶん振りながら答える夏樹。
「でーも、さすがに眠くなってきました」
緊張が解けたのだろう、夏樹はこらえきれなくなって、大きなあくびをした。心なしか目もトロンとしている。すかさずシュウが宴会場の方に頭を下げる。
「ヤオヨロズさん、お願いします」
「いいよ~」
すると今日は、その方角から違う声がした。
「《つくよみ》さん」
「これくらいはさせてもらわなきゃね」
その言葉が終わらないうちに、夏樹の姿はふっとそこから消えていた。
シュウは、夏樹が消えた方にもう一度頭を下げて、おもむろに宴会場とも御台所とも違う方角へと足を運ぶ。
今年は火星を引き連れた十三夜の月が、美しく姿を見せる縁側に腰を下ろす。
「お待たせ」
「はい」
「そんなに堅苦しい座り方はやめてよ。いつも月とお話しするときの君らしく」
「はい」
きちんと正座していたシュウに、苦笑しつつ提言する《つくよみのみこと》。それに苦笑で答えるシュウ。
足を崩して片膝をつき、そこに腕を乗せる、リラックスした姿を見せるシュウに、《つくよみのみこと》はおおいに微笑んで、彼の前にはワインを、自分の前には日本酒を現す。
「それじゃあ、用意するね」
天を見上げた《つくよみのみこと》が、さっと袂をひるがえした。
宴会場にいた神々が、おっ、と外をうかがっている。
「始まるようですな」
「さすがは三姉弟のひとり。結界もただ事では済まさせぬのう」
「よきかな~、我らは我らで楽しみましょう」
「やんやあ」
何のことはない、《つくよみのみこと》が3人の邪魔立てをさせぬように、その場に結界を張ったまでのこと。
ただし、神さまの1人が仰っていたように、その結界には、日頃のはかなげさは、かけらもない。
覗こうとする不届き者をはじく力強さは、弟の《すさのおのみこと》をるかに上回っているかもしれない。
十三夜の月は火星を引き連れ、美しく輝きながら夜空を巡る。
その夜、どんなお話しが3人の間で交わされたか、それは彼らのみが知るところ。
次の日の朝、夏樹が目を覚ますと、枕元に何かが置かれているのが目に入る。
「うーよく寝たー、しかも料理のおまけつき! 楽しかったな。 ……あれ? これなんだろ?」
起き上がって手に取ってみると、それは綺麗な箱にリボンがかけられ、何やらプレゼントのように見える。
首をひねりつつ開けてみると、中には昨晩シュウとともに作った栗と豆のレシピ一式。
それと、今後に役立つような、夏樹のインスピレーションをくすぐるような、料理のヒントが盛りだくさん書かれたルーズリーフ。
「え? え? シュウさん? え? これって、これはなんすかー?!」
ガバッと布団を蹴り上げて部屋から飛び出すと、夏樹は大急ぎで裏階段を店へと降りていく。
キッチンで朝食の用意をしていた冬里が、おもしろそうにその様子を見てつぶやいた。
「まるでサンタさんからプレゼントもらった子どもみたいだね」
二月早い、クリスマスプレゼント?
まだ木々も色をつけ始めたばかりの、秋のある朝だった。
秋はなぜだか月シリーズです(笑)
今年の十三夜は、本当に地球に近づいた火星がずっと隣で輝いていましたねえ。
秋のお話しは、まだまだ続きます。




