冬至
一年で一番昼が短い日だ。
太陽は寝坊して起きてきて、夕方そそくさと姿を隠してしまう。
シュウが庭に出て来る早朝も、あたりはまだ闇の中。
白く見え始めた息を吐きながら、夜目が利く彼は草花の手入れを始める。
ほんのりと地平が赤みを帯びはじめると、彼はふと顔を上げ空の一点に目をやる。
そこには、昇る朝日に追い立てられるように上がってきた、新月間際の、細く研ぎ澄まされた美しい月があった。ふ、とかすかに微笑んだ彼は、しばらくその月を眺めていたが、やがて空に青みがかかる頃になると、月は光に溶けるように見えなくなった。
ちょうど定休日と重なったその日、オーナーの厳命により、従業員一同は例の梅林近くの温泉に連れ出される羽目になった。
昔からの風習で、冬至にはゆず湯に入るのだそうだ。
行ってみると、その温泉にもかなり大量のゆずが浮かんでいる。
「うわっすげえ! なんなんすか、これは」
夏樹などは大はしゃぎして、そのいわれを誰彼なく聞いて回っていた。
江戸時代から始まった風習だの、いや、平安時代からだの。ゆずの成分が湯冷めしないからだとか、いや風邪の特効薬だとか。
けれど、結局、確かなことは誰にもわからず。
「ええ? みんな違うこと言ってるんすけど。あ、冬里ならなんか知ってるっすよね? ねえ、教えて下さいよお」
と聞いたのはいいが。
「うん、教えてあげてもいいけど・・・」
「はい、お願いします!」
「タダとは言わせないよ?」
「へ? え、ちょちょちょ・・・・やめてー冬里ー! 椿、助けてえ」
とまあこんな具合に、また遊ばれたりするのだった。
無理強いする由利香にため息をつきつつも、温泉は好きなのでやってきたが。
なるほど、良い香りに包まれてゆったりと長く浸かれるからか、心なしかいつもよりポカポカとして身体が冷めにくいような気がする。
けれどそれは。
「あ、そうだ! シュウさん。いつも運転手任せて申し訳ないんで、今日は俺が運転して帰ります!」
そんな風に言った夏樹の言葉に甘えて、珍しく昼時から日本酒の杯を傾けたせいなのか。
自分で運転すると言い出したのに、うらやましそうにこちらを見る夏樹に、その地酒をこっそり買って渡したのは、彼へのお詫びと自分への戒めとして。
「とても美味しかったから。それに、飲んでみて感じたんだけど、このメモのような料理に合うと思うよ、試してみて」
「え? わ、はい、ありがとうございます! うっし、早速挑戦だ」
ガッツポーズでキッチンへと出陣していく夏樹を面白そうに眺めて、冬里が肩をすくめる。
「ホントに夏樹には過保護なんだから」
「運転手のお礼だよ」
「ふうん」
「なにかな」
「ううん、なんでもない」
いつもながらの読めない微笑みを返したあと、夏樹に「頑張ってね」と声をかけている冬里に、さて、どこまで気持ちに入り込まれたか、そんなに出したつもりはなかったけど、と苦笑する。
しばらくあとのディナーに、地酒を楽しむためのコースがメニューに追加されることとなった。




