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公爵令嬢のとんでもない勘違い  作者: 夏の柴犬
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パンドラの箱


 目の前で繰り広げられているこの状況を理解できないのは、リーリアも魔導士たちも同じだった。


 しかし、この場で一番取り乱しているのは、間違いなくミシェルであった。


 彼女は震える声で叫ぶ。


「アレン様、私はちゃんと、あなたとの約束を守りました!なのに、どうして……!?」


「ああ、確かに君はよく働いてくれた。上手く事が運んだのも、君のおかげだよ。でも、悪いけど僕は君との口約束なんて、最初から守る気はなかったし、こうして魔導士を捕らえられた今、君はもう用済みなんだよね」


 あまりの言い草に、ミシェルは悲しみと怒りのこもった表情で震えている。アレンはそんな彼女から視線を外し、先程から黙ったままの男に向かって口を開いた。


「そして……ガイル伯爵。わざと捕まってくれたこと、そしてこの度の一連の協力、感謝するよ。君がいなければ、僕の計画は成り立たなかった」


「勿体ないお言葉でございます」


 伯爵は口角を上げると、胸に手を当ててアレンへとお辞儀をした。



 その様子に、リーリアは目を見張った。


(……伯爵が、アレン様に協力していた!?では、そうだとしたら、ミシェル嬢と伯爵は……)


 リーリアが疑問に思っていると、当の本人であるミシェルは伯爵の方を振り返った。


「伯爵、どういう事ですか……?あなたは私の破魔の力を買って、協力してくれていたのではなかったのですか!?」


「……ふん、実に愚かな娘だ。私は、長年王太子殿下にお仕えする身。私がお前のような小娘に手を貸したのは、殿下のご指示だ。そして、今日こうして君もろとも捕らえるというのも、全て我々の計画の内。殿下、そうでございますね?」


「ああ、その通りだ」


 満足そうに頷くアレン。

 リーリアは、ミシェルと伯爵が繋がっているという事自体、そもそも大きな勘違いだったのだと知った。


(つまり、ミシェル嬢を排除したかったアレン様が伯爵をスパイとして送り込んで、ミシェル嬢はまんまと騙され、アレン様の息がかかった伯爵と手を組んでいたということね。全ては、アレン様と伯爵の企みだったんだわ……!)



 始めから伯爵に騙されていたことに気付いたミシェルは、俯いたまま、不敵な笑みを浮かべた。


「……………うふふっ、でも、アレン様。大事なことをお忘れですよ?私たちの約束の元となった要因は、今あなたの隣にいるではありませんか。……ねえ、リーリア様?」


「…………わ、わたくし?」


「ええ。アレン様、私はどんな事をしてでも、あなたの妻になりたかった。結婚して、この国の女王になりたかった。………でも、それが叶わないというのなら、最後に、私が持つ破魔の力で、あなたが守り抜いて来た闇を破って差し上げますわ!」


 ミシェルはいつの間にか自分を拘束していた縄を魔法で切断していたようで、彼女は立ち上がると、その身体にまばゆい光を纏い始めた。


 リーリアは彼女が何をしようとしているか分からなかったが、ミシェルの纏う光がどんどん大きくなっていくその様子に危険を感じて逃げようとした、その時だった。



「……そうはさせないよ、ミシェル」


 アレンが不敵な笑みを浮かべた。



 その瞬間、アレンの身体から見えない波動が放たれ、その場にいる全員の動きを止める。


 ラウドだけはかろうじて動けるようで、彼は見えない何かを振り払うような仕草をすると、アレンを見て、驚愕の表情を浮かべた。


「………っ、お前、その魔力は何だ……!?」



 アレンは動けずに座り込んでいるミシェルに歩み寄ると、彼女に向かって右手を伸ばした。


 全ては一瞬の出来事だった。


 ミシェルが呻いたかと思えば、彼女の身体が大きく震えて、光り輝く小さな太陽のようなものが身体から勢いよく飛び出し、アレンの手へと吸い込まれて、消えた。


 彼は光を吸い込んだ自分の手を見つめると、突然肩を震わせ始めた。


「……ふ、ふふっ、ふはっ、あははははははっ! まさか、本当に破魔の力を奪うことが出来るとは思っていなかったよ!さあ、これでもう僕のリーリアを脅かすものはなくなった!」


 アレンは狂ったような笑みを浮かべると、衛兵たちに言った。


「お前たち、その女を牢に放り込んでおけ。そして、全員この部屋から出ろ。ああ、魔導士たちはそのままでいいよ。彼らへの用事は、まだ終わっていないからね」


 全ての魔力を奪われてしまったせいか、ぐったりとしているミシェルは衛兵に引きずられるように連れて行かれた。



 その結果、部屋にはアレンとリーリア、そして伯爵と魔導士三人が残された。



 静かになったその部屋で、リーリアは震える声を絞り出す。


「あの、アレン様……今、何をなさったのですか?」


「ん?見ていてわからなかった?彼女から、破魔の力を奪ったんだよ。……ああ、もしかして、怖がらせちゃったかな?でも大丈夫だよ。今から、僕が君の封印を解いてあげるからね」


 アレンはリーリアを安心させるように微笑むと、リーリアの身体に手をかざした。

 すると、以前ラウドが見せてくれたのと同じように、リーリアの封印そのものである、複雑に絡み合った毛糸のような形の光が、ふわふわと浮かび上がってきた。


 アレンが手のひらで触れると、それはするすると解けていく。


 それを見て、ラウドは目を見開いた。ラウドはリーリアに向かって何かを叫ぼうとしたが、ヴィンセントに今は待て、と目で制止される。


 リーリアが、身体の中で燻っていたものが無くなっていく感覚に身を任せていると、封印はみるみるうちに細かい光の粒となって、さらさらとこぼれ落ちるように消滅した。


 幻想的にも見えるその景色の中で、アレンはにこりと微笑んだ。


「はい、リーリア。終わったよ。どこか変に感じるところはない?」


 彼は、リーリアの髪を撫でようと、手を伸ばした。


 しかし、リーリアはある事に気付き、怯えたようにアレンの手から逃げる。


「どうしたの?リーリア。僕は今、お伽話に例えるなら、お姫様を助けた勇者なんだけどな」



「……アレン様、どういう事ですか?」


「……ん?」



「アレン様は今、わたくしの封印に直接触れていらっしゃいました。ということは、わたくしの魔力を封印したのは、伯爵ではなく、アレン様だったのですか?」


 ラウドが先ほど言おうとした事は、まさにその事だった。その言葉を聞いたアレンの笑みは、途端に冷たいものへと変化した。


「どうして君がそんな事を知っているの?……って、答えは一つしかないか。君達だろう?リーリアに余計なことを吹き込んだのは」


 魔導士三人を睨みつけ、アレンは言う。


「……それに、もう捕まってるフリなんてしなくていいよ。元から、魔導士をただの縄で捕まえられるとは思ってないさ」


 その言葉に、三人はすんなりと立ち上がった。三人とも、衛兵が居なくなった時に自身の魔法で縄を切断していたのである。


「リーリアが君たちと組んでいることは、何となく察していたよ。でも、どこで知り合ったの?舞踏会の時?だとしたら、そこの偉そうな黒髪の奴は、居なかったはずだけど」


「はっ、偉そうで悪かったな。伯爵から教えてもらってなかったのか?魔導会のリーダー、すなわちこの国の大魔導士は、俺だ。肩書きだけは、実際に偉いんだぜ?」


「……へえ、君が。伯爵から大魔導士は別にいると聞いていたけど、まさか君だったとはね」


 バチバチと火花を散らして睨み合う二人。


 伯爵は咳払いをした。


「殿下、お気持ちは分かりますが、あなた様の大事な婚約者様が、不安げな顔をしておいでですよ」


 そう言われてこちらを振り向いたアレンに、リーリアはびくりと肩を震わせた。


 リーリアは、勇気を振り絞り、アレンの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「……アレン様、お答え下さい。わたくしの魔力を封印したのは、アレン様なのですね?」


「ああ、そうだよ」


「どうしてそのような事を?」


「だから、ずっと言っているだろう?君を守るためだと」


「……訳が分かりません。封印と、わたくしを守ることに、何の関係があるのです?」


「そうだね、最初から説明しようか、リーリア。君が持っている力は、とても稀なものなんだ。君は、治癒の力__その中でも上位に位置する、“癒しの力”を持っているんだよ」


「癒しの力……?」


「そうだよ。……あまり驚いていないみたいだけど、これももう彼らに吹き込まれていたの?まあ、どちらでも良いけどね。 君にそんな力があると知ったのは、今から10年くらい前。あの誕生会の、少し前だったかな」


 アレンは伯爵を横目で見た。


「ガイル伯爵が僕に教えてくれたんだ。彼は魔力は強くないが、魔法にはかなり詳しくてね。見るだけで、その人の属性がわかるんだ。ある日、彼は僕に言った。リーリアが持つ力のこと、そして、このままではリーリアが、魔導会に奪われてしまう可能性がある、ということをね」


「……わたくしの力が貴重だから、魔導会に保護されてしまうと?」


「その通りだ」


 リーリアは困惑した。いくらなんでも、癒しの力とやらを持っているだけで強制的に魔導会が保護下に置くだなんて、そんな事があるだろうか。アレンは、伯爵の口車に乗せられてしまっているようにしか思えない。


 魔導士たちも同じ事を考えていたようで、ポムじいは恐る恐る口を開く。


「その時の大魔導士は私でしたが、そのような力の持ち主がいるとは、存じておりませんでした。それにもし知っていたとしても、お二人を無理やり引き離すようなことは致しませんぞ」


「そんなの、信用できるわけがないだろ?現に、君たちはこうして癒しの力を持つリーリアに接近しているじゃないか」


「おい、随分な言いようだな。俺たちは何も、リーリアを利用しようなんて考えてねえよ」


 ラウドが思わず口を挟んだ瞬間、ラウドの目の前で火花が散り、彼の前方にある床が焦げた。



「……君はリーリアの婚約者でもないのに、そうやって気安く呼ばないでくれないかな?それに、僕は今リーリアに説明してるんだ。君たちは黙って聞いていろ」


 

 そう警告して、アレンは彼の歪んだ愛の一部始終について、語り始めた。









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