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公爵令嬢のとんでもない勘違い  作者: 夏の柴犬
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溶かされる



 マリアが再び眠りに落ちたため、リーリアは自室で休んでいた。一人になると、朝から張り詰めていた気持ちが、緩んでしまいそうになる。


(明日、ラウドたちが伯爵を捕らえて、王宮でわたくしに封印がかけられていることと、その犯人が伯爵であることを立証する。そして、わたくしの封印を解くために魔導会で保護するということを口実に、婚約を遅らせる………)


 計画を頭の中で何度も反芻するが、ヴィンセントから彼らの過去を聞いた今、リーリアの中には大きな不安が巣食っていた。


(あの伯爵がわざわざラウド達を呼び出すということは、何か良からぬことを企んでいるに違いないわ。ミシェル嬢が言っていた“魔導会を失うことになる”という発言も、結局分からずじまいね……ミシェル嬢が破魔の力で攻撃しようものなら、それこそ一般人を傷つけたとして、世間の彼女の評価は随分悪くなってしまうでしょうけれど……彼女なら、強引な手段を選んでも不思議では無いわ)


 リーリアは考え込んでいるうちに、思考がどんどん悪い方へと向かっていく。不安でたまらなくなった彼女は、思わずスカートをぎゅっと掴んだ。



 その時、コンコン、と窓を叩く音がした。

 見れば、黒髪の大魔導士が今日もやって来ていた。


「ラウド!言ってくれたら窓を開けておいたのに」


「いや。実はここに来ることは、ついさっき決めたんだ」


「何かあったの……?」


「いや、別に何もないぜ」


「そう、なら良かったわ」


 ラウドはどことなく元気のないリーリアを見て尋ねた。


「……今日は、妹の体調はどうだ?」


「苦しんでいる様子は無いのだけど、体力が回復しないの。寝て起きてを繰り返していて……だから明日、やはり王宮に連れて行くことにしたわ」


「……そうか」


 ラウドは黙り込み、何かを考えるようなそぶりを見せた。

 リーリアも、計画実行の前日に一体何を話せば良いのか分からず、俯いている。


 少しの間沈黙が続き、ラウドは突然、何かを思いついたかのように、フッと笑った。


「ラウド、どうかしたの?」


 リーリアが尋ねると、ラウドは誤魔化すように咳払いをした。


「リーリア、お前相当疲れてるだろ?」


「え?いいえ、そうでもないけれど……」


「でも、お前頭に何か付いてるぜ。取ってやるからこっち来い」


 ラウドに手招きされ、リーリアは素直にラウドに近付く。


 自分より背の高いラウドの顔を見上げると、二人の目が合った。


 彼はにやりと笑った。



 その瞬間、ぐっと強い力で腕を引かれ、リーリアはバランスを崩す。


 そして倒れ込んだ彼女の背中にはラウドの腕が回され、リーリアはラウドを下から見上げる態勢になった。


「……っ!?ちょっと、何するんですの!?」


「くくっ、まんまと騙されたな?お前今、ハトにも負けねえくらい間抜けな顔してるぜ?」


「ま、間抜けっ……!?」


 リーリアは立ち上がろうとして、失敗した。

 見れば、ラウドが涼しい顔でリーリアの肩に手を置いている。彼はリーリアの視線に気付くと、彼は口の片端を上げてみせた。


「な、何が目的なの!?さっさと離しなさい!」


「おう、いいぜ」


 今度こそ、ラウドはリーリアを立たせてやった。     

 意味の分からないラウドの行動に、リーリアは抗議の声を上げた。


「ラウド、この期に及んでわたくしを揶揄って、どういうつもりなの!?」


 キッと睨みつけるリーリアの視線を受け止めて、ラウドは楽しそうにくつくつと喉奥で笑うと、どこか安心したように言った。


「そんだけ怒ってるってことは、もう大丈夫そうだな」


「………え?」


 予想と違う彼の表情に、リーリアは戸惑った。

 そして、ラウドはいつになく柔らかい微笑みをリーリアに向ける。


「不安を隠して落ち込んでるお前なんて、見てられねえよ。だからそうやって噛み付いていれば、少しは気も紛れるだろ?」


(……それにどうせこの家の中では、長女だからってずっと気負ってるんだろうしな)



 一方、リーリアはその言葉に、きゅっと眉根を寄せていた。彼女はそのままラウドから目線を逸らすと、ぽつりと呟く。


「………本当、あなたには敵わないわ。こんな一瞬で、わたくしの心を変えられてしまうなんて」


「もちろんだ。この俺を誰だと思ってるんだ?最強無敵の大魔導士様だぜ?」


 冗談めかして言うラウドに、リーリアは思わず笑みをこぼした。


「あなたのその自信に溢れた言葉を聞くのも久しぶりね」


「まあな。でも言わないだけで、常日頃からそう思ってる」


「ふふっ、もう、ラウドったら……」


 嫌な想像ばかりして追い詰められていた心が、いつの間にか落ち着いていて。

 リーリアは舞踏会での出来事を思い出した。


「そういえば、あなたと初めて出会った時も、先程と全く同じことをされたわよね」


「……ああ、舞踏会の時か。確かにそんな事もあったな」


「本当、初対面の男性にダンスで足を払われるだなんて、誰が想像できるかしら」


「あの時のお前の顔、今でも覚えてるぜ」


「それはこちらの台詞よ」


 そう言って、リーリアは少しだけ恨めしそうにラウドを見た。それに対し、ラウドは不敵に笑って、リーリアを見つめ返した。


 もどかしさと幸せの混じり合った感情が、二人の心に溢れかえる。



「でも、わたくしもあの時とは違うのね。今はもう、本気では怒れなくなってしまったわ」

 

 そう言って、リーリアは照れたように笑った。




(….……っ、その顔は、駄目だろ)


 ラウドはリーリアから急いで目を逸らした。彼はリーリアのこの笑顔にはめっぽう弱い。これ以上見ていたら、あの時の二の舞になってしまいそうだった。



(……そうだ。俺は何のためにここに来たんだよ)


 ラウドは軽く咳払いをすると、真剣な眼差しで彼女を射抜いた。



「……あのな。あの時、“分からない”って言ったの、あれはやっぱり嘘だ」


「え?あの時って…………」


 リーリアはその言葉の指しているものに思い当たって、一気に赤面した。彼は、リーリアがラウドに抱きしめられた時、彼女が問いかけた質問に対する答えのことを言っているのだろう。


 ラウドは耳まで真っ赤にしているリーリアに背を向けると、窓枠に足をかけた。そして、リーリアの方を振り返る。

 彼の瞳は、真剣だった。



「今は言わねえ。……だが、もし明日無事に事が済んだら、その時は覚悟しとけ。お前が逃げてもとっ捕まえて、全部聞かせるまで帰さねえ」


 

 その言葉を残して、彼の黒髪が窓の外に消えていった。










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