数多の想い
そこまで話し切ったところで、ヴィンセントは口を閉ざした。
リーリアも、初めて聞かされる衝撃的な過去に、言葉が出ない。
ヴィンセントは再び口を開く。
「その一件で、ラウドの家は父にバレてしまったから、僕らはもうそこには出入りできなくなってしまった。その後、父はジンさんを国家反逆罪という、無実の罪で訴えたんだ。実際はただ伯爵家の衛兵と殴り合いになっただけなのにさ。だけど父の策略でジンさんはついに牢獄に入れられてしまって……そのまま病気で、亡くなったよ」
ヴィンセントはそっと目を伏せた。
「その後、僕たちは知ったんだ。父は僕らをある権力者……父の言葉が正しければ王族に引き渡して、代わりに出世しようとしてたって。もちろん僕らは猛烈な怒りを感じたよ。でも、ラウドはそれ以来、今もずっと自分を責めてる。ジンさんが捕まってしまったのも、僕が家を失うことになってしまったのも、全て自分のせいだ、って。 でも彼の凄いところは、これ以上魔法という特別な力を悪用する貴族が出ないように、ポムじいの後を継いで大魔導士になってしまった事だ。実際、魔導会はラウドの裏での活躍でかなり特別な存在になったし、最近父がまた妙な行動を起こすまでは、そういう事はめっきりなくなったんだよ。それだけじゃない。ラウドは魔法で多くの人を救おうとしている。実は査定の時にいた魔導士たちは、皆もともとは生活に困っていた若者なんだ」
「まあ、そうでしたのね」
「………それに比べて僕は、とんだ卑怯者だよ」
ヴィンセントは自嘲気味に笑った。
「ラウドは今も知らないんだ。僕が、最初あいつを父に引き渡す為に探していたことを。もし僕が本当の事を言えば、ラウドはあの出来事のそもそもの原因が僕だと分かるだろう。そうしたら彼の心が少しは救われるという事も、分かってはいるんだ。……でも、情けないよな。怖いんだよ、ラウドに嫌われるのが」
リーリアはヴィンセントの弱々しく辛そうな顔に、胸が苦しくなった。
しかし言葉にしないという選択は、後戻りの出来ない結果を生み出すことを、リーリアは知っていた。
「……二人の共有している時間に比べれば、わたくしなんてまだまだ知り合ったばかりです。偉そうなことを言える立場でもありません。ですが、わたくしとアレン様の間には、昔から言葉が欠けていました。少なくともわたくしは、王太子殿下の婚約者として、そして公爵家の長女としての理想像しか見えていませんでしたわ。……だから、ミシェルとの浮気の噂が立った時も、アレン様に直接お聞きすることが出来なかった」
ヴィンセントは、リーリアの口から初めて語られる彼女の本音に、目を見開いた。
「……最近、アレン様に優しくされるたび、思うのです。わたくしとアレン様は幼い頃からの長い付き合いではあっても、お互い自分の心を見せていないと。その結果、今ではアレン様がどのようなお人なのかという事さえ、分からなくなってしまったのです」
紳士的に振る舞っていたかと思えば、冷淡な目つきをする彼。慈しむように自分を見つめていたかと思えば、自分を脅すような言葉を口にする彼。
どれが本当の彼なのか分からないのは、二人が今までずっとすれ違い続けてきた結果だ。
「……ですから、ラウドとヴィンセント様には、こんな風になって欲しくないのです。わたくしはお二人に出会ってからまだ日も浅いですが、お二人の絆がそんなことで揺らぐようなものではないと、それだけは分かりますわ」
「…………リーリアちゃん……」
ヴィンセントは迷いを振り切るように目を閉じた。リーリアはこんな暗い話を聞いて、きっと戸惑ったはずだ。だが、彼女は真剣に、一つ一つ言葉を選んで自分の背中を押そうとしてくれている。その事実が、彼の心をゆっくりと温めていった。
「……ありがとう。すぐには難しいかもしれないけど、ラウドには必ず本当の事を打ち明けるよ」
ヴィンセントの澄んだ瞳を見て、リーリアは微笑んだ。これなら、彼らが自分の二の舞になることはなさそうだ。
「ごめんね、長々と話してしまって」
「いえ、むしろわたくしなんかにお話しして下さって、ありがとうございます」
「……いや、君だから話したんだよ。ラウドは君と出会って、より生き生きとするようになった。それに、彼があの一件以来心を開いた貴族は、君が初めてなんだ。……もしかすると、そんな君に話したいと思ったのは、ラウドに打ち明けてしまいたいという僕の本心の表れだったのかもしれないな」
彼はどこか納得したように頷いた。そして、少し吹っ切れたような顔で言った。
「さて、僕はラウドを探してくるよ。あいつ、さっき部屋を出て行ったきりだからさ」
リーリアは頷いた。部屋を出ていくヴィンセントを見送る彼女の表情には、安堵とは別に、どこか自分の身を振り返っているようにも見えた。
(……さて、わたくしはアレン様にお返事を書かなくてはいけないわ。マリアを、助けなくては)
リーリアが部屋を出て行った後、空いていた窓の端で一瞬、黒髪が揺れた。
次の日。リーリアは朝からマリアのそばに付きっきりで看病をしていた。
「マリアが体力を奪われているのは魔法のせいだと言われても、放って置けるわけがないじゃない」
そう言って、リーリアはあらゆる手段を試していた。疲労回復や免疫力向上の効果があるハーブティーを飲ませたり、消化しやすい食べ物を食べさせてやったりと、その様子は子供を看病する母親のようであった。
しかし__
(駄目だわ。何をやっても効果が出ない……)
マリアは今もぐったりとした様子で、ベッドに横たわっている。マリアは改善しないどころか、昨日よりも寝ている時間が長くなっている気がして、リーリアは焦りを感じていた。
(アレン様の返事はまだかしら……もういっその事、マリアを王宮に連れて行ってしまうべき?)
その時、マリーが部屋に駆け込んで来た。
「お嬢様!アレン様からお手紙でございます!」
リーリアはすぐに受け取り、封を切った。
手紙には、リーリアの無事を喜ぶ言葉から始まっていた。
『君が倒れたと聞いた時は、本当に驚いたよ。心臓が口から飛び出しそうだった。でも、君の無事を知れて本当に安心した。君が死んでしまうのではないかと、気が気じゃなかったからね。
そして、マリア嬢の件、了解した。王宮には毒魔法に詳しい医者もいるし、僕の力も使って絶対に君の大切な妹を助けよう。本当はすぐに診てあげたいところだが、今日はどうしても外せない用事が入っている。それに、医者は今日に限って外に出ていてね。だから明日、マリア嬢を連れて王宮に来てくれ。待たせてしまって本当に申し訳ない。』
手紙を読み終えたリーリアは、思わず手に力が入り、手紙はくしゃりと折れ曲がった。
(そんな!外せない用事って……?マリアはどんどん衰弱する一方だし、明日にはもっと悪化しているわ。ああ、もう一晩マリアに辛い思いをさせなくてはならないなんて……)
マリーはリーリアの背中にそっと手を当てた。
「お嬢様、大丈夫です。昨日魔導士の方々も、命に別状はないと仰っていましたから。今は、耐えるしかないのです」
しかしそう言ったマリーの瞳も、不安げに揺れている。
(……わたくしが、治癒魔法を使える状態だったら良かったのに)
リーリアがそう願うと、それに反応するように封印がわずかに軋むような感覚がして、リーリアは慌てて意識を別の方向に向けた。
その頃、ウィーゼルでは作戦会議が開かれてようとしていた。ラウドは全員が着席しているのを確認すると、立ち上がって言った。
「よし、明日の手筈だが……日没後、噴水広場に行くのは俺とヴィンセント。そして、あとのメンバーはウィーゼルにも来ないで自宅で待機。以上だ」
ラウドが椅子にどかりと腰掛けると、ヴィンセントはため息をついた。
「その一言だけで済ますやつ、お前の十八番だけどさ。僕は問題ないけど、こいつらが不安になるだろ?今回ばかりはしっかり説明してやってくれよ、大魔導士様」
その言葉に、査定の時にいた魔導士数人が口々に叫ぶ。
「ラウド様!今回の敵はラウド様の宿敵って聞きました!」
「そうです!だから俺らも加勢したいと思ってて!」
「あ〜もう、何度言ったらわかるんだよ……」
ラウドは立ち上がる面々をぎろりと睨みつけた。
「お前たちには家族がいるんだ。それに、確かにお前らは魔導会の一員だけど、俺は前にこう言ったはずだ。お前たちはあくまでボランティア枠。体裁を気にしてある程度の人数を揃えなきゃいけない時だけ来てくれれば良い。つまり、この前王宮に行くような時だけ来てくれれば良いわけ。あと、いつものパン配りと、壊れた家の修理の時な」
「……そんな!」
「うるせえ!つべこべ言うな!俺は別に、自分の味方を増やすために魔導会を動かしてるんじゃねえんだ。明日はお前たち一人一人の無事を確かめる余裕もないかもしれねえ。だから、お前たちの最善の策は、俺を安心させること。つまり自宅待機だ」
その言葉に、一同は項垂れた。
「……俺、明日のためにトレーニングしてたんだけどな……」
「………でも、迷惑かけるわけにもいかないっすもんね」
「ラウド様、絶対負けないで下さいよ」
「んなもん、当たり前だ。いつものお前たちの協力だって、それだけで救える人がいるんだ。その事も忘れんなよ」
ウィーゼルには、いつもの三人が残った。ポムじいは目を細めた。
「魔導会も、わしが現役の頃とは大違いじゃ。これもひとえにラウドとヴィンセントのおかげじゃのう」
「やめろよ、何も出ねえぞ」
「はっはっは、別に見返りなど期待してはおらんぞ。ラウドが素直じゃないのは相変わらずじゃな」
「……言ってろ」
食堂を出て二階に上がろうとするヴィンセントに、ラウドは声をかけた。
「なあ、ヴィンセント」
「どうした?」
「あの、さ。お前…………」
「ん?」
何か言いたそうにしている、だがなかなか続きの言葉を言おうとしないラウドに、ヴィンセントは首を傾げた。
「……あー。いや、やっぱ何でもない」
「そう?」
目線を逸らすラウドを不思議に思いながら、ヴィンセントはそうだ、と口を開いた。
「ラウド、今日はリーリアちゃんのところに行かなくていいの?」
「あいつ、今日は屋敷の方にいるんだっけか。……おい、待て。お前何故そんな生暖かい目をしている?」
「だって、ついに明日でしょ?彼女もきっと不安に思っているよ。だから安心させるためにハグの一つでもしてきたら?」
「はあ!?お前何言ってんだよ!?そんな事するわけねえだろ、馬鹿」
「冗談だよ。でも、そろそろハグくらいしてるかと思ったんだけど、違った?」
「……え?いや、それは……」
途端に勢いを失うラウドに、ヴィンセントはにやりと笑った。
「あれ?いつの間にクリアしてたんだ?まあ、良かったよ。ラウドっていつもは我が道を行くくせに、好きな女の子には臆病になるみたいだから、少し心配だったんだよ」
「うるせえ。余計なお世話だ」
「まあ、僕は応援してるよ。もし君らが駆け落ちして、一生王家に追われることになっても構わないさ」
「……それだけは絶対にしねえ。それに、俺だってあいつが王太子の婚約者なんてもんじゃなきゃ、とっくに奪ってるさ」
ラウドはヴィンセントの横を通り過ぎると、ウィーゼルの扉を開けた。
向かう先はもちろん、公爵家の屋敷だ。
街を足早に駆け抜けながら、自分の中で渦巻くどうしようもない気持ちに苛立ったラウドは、夕陽に向かって舌打ちをした。
しかしラウドは同時に、今までとは違う、彼にとっては賭けとも言える大きな一歩を踏み出す決意を固めていたのであった。




