残酷な悲劇の顛末は
※殴る蹴るなどの暴力表現が出てきます。苦手な方はお気をつけ下さい。
頭の中に、一気に絶望が広がっていく。ヴィンセントは震える声で叫んだ。
「……でも、証拠はないじゃないか!ラウドじゃなくて、別のヤツかもしれないだろ?」
「いや、この街の子供はなんとなく把握してるけど、他のヤツってことはないと思うぜ。魔法を使える子供なんて、俺以外に聞いた事ねえし」
「…………嫌だ。違う。僕が探してたのは、ラウドなんかじゃない」
「はあ?何がそんなに不満なんだよ。お前が探してた少年と実はもう親友になってました、っていうオチでも良いじゃねえか」
「……っ、良くない!全然良くないってば!」
目に涙をためて、必死にそれを否定しようとするヴィンセントに、ラウドは目を見開いた。
そして、視線を床に落とすと、ぽつりと言った。
「………隠してたのは悪かったよ。ごめんな。でもさ、俺嬉しかったんだよ。初めて会った時、自分と友達になりたいって言ってくれてさ。だから、そんなに否定されると……結構、キツいぜ?」
ズキン、とヴィンセントの胸が痛んだ。絶望と罪の意識とで、彼の心は先ほどから悲鳴を上げている。
ヴィンセントは重い口を開いた。
「………ねえ、ラウド」
「ん?」
「……さっき、“親友”って言ってくれたけどさ。ラウドは僕の事、そう思ってくれてるの?」
「なっ、おまっ……何でそこ聞き返すんだよ」
ラウドは顔を赤くして、そっぽを向いた。
「毎日会ってて、喧嘩してもずっと一緒にいて、一緒にいると楽しくて……そんなヤツが親友じゃねえわけねえだろ。ったく、恥ずかしい事言わせんな」
「………そっか。僕たち、親友なのか」
ヴィンセントは目を閉じて息を深く吸いながら、その言葉をかみしめた。彼の口からそれを聞いた今、自分にとって大切なものが何なのか、もう分かったような気がした。
「ラウド、ありがとう。その言葉が聞けてよかった。今日はもう帰るよ。明日もまた、会ってくれる?」
「当たり前だろうが」
「ありがとう。……じゃあ、また明日」
その日の夜、ヴィンセントは父の部屋に呼び出された。
「お前に任務を与えてから、もうすぐ一ヶ月だ。そろそろ良い答えを聞けるはずなんだがな。ヴィンセント?」
「……父上、その件なのですが、重大な報告がございます」
ヴィンセントは父を真っ直ぐに見つめた。
「どうやらその少年は、すでに亡くなっているようなのです。少し前に、海で溺死したそうで」
「本当か?どこでその情報を得たのだ」
「その、街の人々が悲しそうにしていたので、事情を聞かせてもらったのです。それで」
「……そうか。もう良い。下がれ」
「はい、父上」
ヴィンセントは自室に戻ると、清々しい気持ちでいっぱいだった。彼の親友として、正しい事が出来た。その達成感と自信で、ヴィンセントは喜びに満ち溢れていた。
(……僕がラウドを守ってみせる。だってあいつは、僕の親友だから。そのためだったら、家を追い出されても構わない)
ヴィンセントが出て行った後、控えていた側近は伯爵に問いかけた。
「作戦を変更いたしますか?」
「いや、その必要はない」
伯爵は冷たい瞳でヴィンセントの出て行った扉を見つめていた。
「あいつが今まで、あのように迷いなく言い切った事があったか?あれは、何らかの使命感がある証拠だ。裏を返せば、この私に逆らう覚悟を決めた、という事だろう」
「しかし……」
「父親である私がそう言っているのだ。異論は認めんぞ。……だが、そうだな。先ほど作戦変更はしないと言ったが、あれは嘘だ。どうせなら、あの馬鹿息子にも思い知らせてやろう」
ラウドとヴィンセントは、その一件以来、より一層気の許せる間柄になっていた。ラウドには及ばないがヴィンセントも魔法を使うのはかなり得意で、二人は魔法を使って遊んだりもしていた。
ある日、ラウドはすこぶる機嫌が良かった。
「ラウド、どうしたの?良い事でもあった?」
「明日な、俺の親父が久しぶりに帰ってくるんだ」
「ラウドのお父さん?」
「そ。親父は船乗りなんだけどさ、年に数回しか帰ってこねえの。あーあ、明日親父が帰ってきたら絶対家中が散らかるから、また片付けなきゃいけねえな〜」
そう言いながらも、ラウドは先程からずっとニヤニヤしている。父親が帰ってくるのが嬉しくてたまらない様子の彼を見て、ヴィンセントも思わずにこにこと微笑んでいた。
「じゃあ折角だし、明日は僕のことは気にしないでお父さんと二人で過ごしなよ」
「いや、良かったらお前も一緒に祝ってくれ」
「いいの?」
「もちろんだ。俺の家でやるから、昼くらいに来てくれよ」
「ん、分かった」
「ああ、そういや、もう一つお前に話しておきたいことがあったんだ」
「何?」
「少し前にな、謎のおっさんに出会ったんだけど、お前の事探してたぜ」
「僕を、探してる?」
「おう。なんかお前の事を小さい時から知ってるらしくてさ。……お前の家族の事とかも含めて」
ヴィンセントは首を捻った。家族の愚痴を話したのは、ラウドだけのはずだ。それに、自分の事を心配してくれるような人が彼以外にいるとも思えない。
「その人はなんて?」
「なんか、お前を本当の母さんと会わせてやりたいんだって。それでお前の居場所を聞かれたんだ」
「答えたの?」
「いや?とりあえず友達だとは言っておいた」
「……そっか」
ヴィンセントの瞳が大きく揺れるのを、ラウドは見逃さなかった。
「でも、いいよ。今更会ったって、どうにもならないし。会っても、本当に僕の母さんかどうかも分からないしさ」
「………そうか」
「じゃあ明日、ラウドのお父さんの帰宅祝い、楽しみにしてるからね!」
「おう、ありがとな」
ラウドは考え込んだ。明日、自分と父親の家族の時間にヴィンセントを呼ぶ事は、もしかすると彼にとっては残酷な行動だったかもしれない。
(……あいつ言わなかったけど、会いたがってたよな)
ラウドが親友として何か出来ることはないか、と悩んでいた時、不意に何者かがラウドの目の前に現れた。
彼が顔を上げると、親友の母親の話を持ちかけてきた男性が、そこに立っていた。
次の日、ヴィンセントはラウドの家の戸を叩いた。
「よう、ヴィンセント。入ってくれ」
「ラウド、そいつがお前の言ってた友達か?随分ちゃんとした家のお坊ちゃんじゃねえか」
「ちょっ、親父、いきなり出てくんな」
ラウドの父親は豪快に笑った。
「いや〜話には聞いていたけど、本当にいたんだな!よう、少年。俺はラウドの父親のジンだ。よろしくな」
「初めまして。僕はヴィンセントと言います」
「おう、今日はラウドに沢山土産を買ってきたんだが、結構余りそうだから、ヴィンセントも遠慮なく食べてってくれ」
「ありがとうございます!」
ジンが広げた袋には、ありとあらゆる食材やら置物やらがずっしりと入っている。ラウドは呆れたようにため息をつく。
「だから何でいつも俺一人じゃ食いきれない量持って帰ってくるんだよ。まさか、またいらねえ物ばっかじゃねえだろうな?」
「可愛い息子に寂しい思いをさせちまってるからな。それくらいはしなきゃだろ?あと、“また”って何だよ。今まで一度もそんな事なかっただろうが」
「はあ?前回は三葉虫の化石を5つも持ってきやがったくせに」
「ああ、覚えてるぞ。だから今回はアノマロカリスにしたぜ」
「そういう問題じゃねえ……」
頭を抱えるラウドを笑い飛ばして、ジンは嬉しそうにヴィンセントを見た。
「それにしても、この口の悪い息子に友達が出来るとはなあ。ありがとな、ヴィンセント。こいつと仲良くしてくれて」
「いえ、僕の方こそお世話になっていますから……」
「ほお〜、年齢の割に随分しっかりしてるんだな。うちの息子にも見習ってほしいぜ」
「うっせえな。親父だって年齢の割にフラフラしてんじゃねえか」
「俺は仕事柄、仕方ねえんだよ。でも今日は安心したぜ。さて、この調子で、数年後には嫁の顔も見せてくれよ?」
「女とか鬱陶しいだけだ。だってあいつら、いっつも猫かぶってるし、高い声で笑うし」
「やれやれ。俺は孫をこの腕に抱くのが人生の目標なんだがな〜」
「知らねえよ。……でもまあ、そういう事なら、いつかは親父に見せてやるよ」
ラウドがボソッと呟いたとき、コンコン、と家の扉が叩かれた。
「お、来たな」
「何だ?ラウド、またお前の友達でも来たのか?」
「ちげえよ。……あのな、ヴィンセント。お前はいいって言ってたけど、俺やっぱり会って欲しくてさ」
「……もしかして、僕の母さん?」
「ああ。昨日そのおっさんに話をつけてきたんだ。今日お前の母さんを連れてきてもらえるようにって」
ヴィンセントは期待に胸を膨らませながらも、何か引っかかるものがあり、扉を開けようとする彼に尋ねた。
「ねえ、そのおじさん、どんな見た目だった?髪の色とか目の色とか」
「ん〜、目は覚えてねえけど、髪は青色だったぜ。ちょうどお前と同じ色だ」
(青色だって!?)
ヴィンセントが「待って」と言う前に、ラウドは扉を開けた。
その瞬間、数人の衛兵を引き連れた、青い髪の男性が入ってくる。
「…………っ、父上」
「ご協力感謝するよ、魔法少年」
「おい!ヴィンセントの母さんを連れてくる約束はどうなっ……」
その瞬間、伯爵に蹴り飛ばされ、ラウドの身体が吹き飛ばされた。
「ラウド!!!!」
ジンはラウドに駆け寄った。ヴィンセントは涙目になって叫ぶ。
「父上、やめて下さい!僕が悪かったです!どんな罰を受けても良い、だから彼だけは見逃して!」
「何か勘違いしているようだな、ヴィンセント。お前の未来はもう決まっている。お前は将来この国を治めるお方に、その力を捧げるのだ。さあお前たち、連れて行け」
衛兵が無駄のない動きで、ヴィンセントを拘束する。ヴィンセントは夢中で叫んだ。
「ラウド!今のうちにジンさんと一緒に逃げて!」
「馬鹿言うな!おい、ヴィンセントを放せ!」
ジンが制止するより先に、ラウドは両手に炎を出現させると、衛兵に向かって放った。
伯爵はそれを氷の盾で防ぎ、突進してきたラウドを衛兵が再び蹴り飛ばした。床に倒れ込み、咳き込んでいるラウドに、伯爵は嘲るような眼差しを向ける。
「ヴィンセントも大概だが、お前も本当に愚かだな、魔法少年。友達なんて言っても、ヴィンセントがこうなってるのは、お前の浅はかな行動のせいなのだからな。これでは友達を売ったも同然だ」
「………俺の、せいで……?」
ジンはラウドを支えていた腕に力を込め、ラウドにしか聞こえない声で鋭く囁いた。
「ラウド、お前のせいなんかじゃない。あの貴族の言うことに耳を貸すな!……俺に考えがある」
ジンはラウドを抱き上げ立ち上がると、伯爵に向かって、へらっと笑った。
「……いやあ、お貴族様。お取り込み中悪いんですがね。俺、この街の自警団に目をつけられてるんですわ。だから、そろそろ奴らがこの家に来るかもしれねえ」
「確かに人が来るのはまずいが……脅しているのか?だったらさっさとその少年を寄越せ」
「ええ、ええ、構いませんとも。へっへ、俺は船乗りでね、船さえ無事だったらどうでも良いんだ。こんな息子の一人や二人、お渡ししますとも」
とんでもない父親を演じるジンは、バレないようにラウドに耳打ちした。
(今は大人しく捕まったフリをしろ。後で俺が助けてやる)
そうしてヴィンセントとラウドの二人は、連行されて行った。しかし伯爵は人目のつく場所を避けたいようで、細い路地を抜けて、大通りの入り口に差し掛かったとき、伯爵は衛兵たちに言った。
「悪い噂が立っては困る。急いで抜けるぞ」
その時だった。
「……っ、がはっ!?」
「ぐわあっ!?」
衛兵たちの腕に、何者かが強烈な蹴りをお見舞いした。ラウドとヴィンセントは自分たちを拘束する腕が緩んだため、それを振り切って走り出した。
「二人とも、早く逃げろ!」
「親父!」
ジンは二人を追いかけようとする衛兵に掴みかかった。そのままジンは衛兵たちに果敢に挑んでいく。
伯爵は焦ったように言った。
「お前たち!もう良い、戻るぞ!ここは目立ちすぎる。……だが、その男は連れて行け」
最初は優勢だったジンだったが、さすがに多数の相手には勝てず、そのまま捕まってしまう。
「ジンさん……!!」
「親父!!!」
ジンは叫んだ。
「お前たちは逃げろ!大丈夫だ、近いうちに戻る!」
「嫌だッ!!親父……!」
「ラウド、来るな!良いからたまには父親させろ!」
「おい、静かにしろ!」
ジンはついに口を塞がれた。
ラウドとヴィンセントは必死で追いかけたが、追いつくことは叶わなかった。
伯爵の手から逃れることが出来た彼らであったが、残された事実は少年たちの心に深い傷を残したのだった。
作者より
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先日、100万PVを突破致しまして、こちらの後書きにてお礼をお伝えさせて頂きます。
今回で過去編が終了し、ラストが近づいて参りましたが、いつもブックマークや評価、感想など、本当にありがとうございます。
最後まで見届けて頂けたら幸いです。




