お花畑と破魔の力
そこは、屋敷の一番近くにある花畑だった。
春真っ盛りということで、ポピーやフリージアなどの花々が一面に広がり、鮮やかなビタミンカラーが目に眩しい。
マリアは繋いでいたリーリアの手を離すと、その素晴らしい景色の中に駆け出した。
「マリア、走って転ばないようにね」
「はい!……わあ、おねえさま、このお花とってもきれい!」
「あら、マリアは水色のお花が好きなの?」
「このお花の色、おねえさまの瞳の色と同じで、すごくきれい!だからこのお花は好き!」
「まあ……ふふっ、なんだか口説き文句みたいね」
後ろに控えているマリーも、満開の花々を眺めながら言った。
「こちらには毎年訪れていますが、今年は一段と見事ですね。何だか昔の事を思い出します」
「昔の事?」
「はい。お嬢様が幼い頃、毎年ここに来るたびに、私に花冠を作って下さったのです。ですが、私をびっくりさせようと、いつも何処かに隠れておいででしたから、私もお嬢様をお一人にさせるわけにはいかないと、探すのに苦労しておりました」
「ふふっ、懐かしいわ。幼いながらに、マリーに見つからないよう一生懸命逃げていたわ。マリーの喜ぶ顔が見たかったのだけど、かえって心配させてしまったわよね」
「いえ、それ以上に、大変嬉しゅうございました」
そう言って、マリーとリーリアが微笑みあっていると、マリアが何やら思いついたように、リーリアの手を握った。
「おねえさま!わたしも、一人でお花を見てくるわ」
「あら、花冠が作りたいのなら、一緒に作りましょう?」
だが、マリアはぶんぶんと首を横に振った。リーリアが返事に困ってマリーの方を見ると、マリーはにっこりと笑った。
「あまり遠くに行かれなければ、大丈夫でしょう」
「……そうね。マリア、いい?わたくし達が見えなくなるくらい遠くに行ってはだめよ?」
「はい、おねえさま!」
元気に返事をすると、マリアはぱっと駆けて行ってしまった。
リーリアはマリアの背中を見つめながら、おもむろに口を開いた。
「……ねえマリー、先程話していた事についてなのだけど」
「伯爵のお話ですか?」
「ええ。馬車の中で思い出したのだけど、ラウドが昔、ある貴族に嵌められたと言っていたの。そして、お茶会でガイル伯爵に会ったとき、ラウドの様子が少しおかしかったわ。……だから、もしかして、ラウドの過去にあった出来事にも、伯爵が絡んでいるのかも、と思って……」
「そういえば、以前私が街で謎の男に襲われたのも、今思えばあれは伯爵の仕業に違いありません。そしてその時、ヴィンセント様達は男の正体に心当たりがおありのようでした。ですから、魔導会の方々も、伯爵に対して強い警戒心を抱いているということは、ラウド様の過去に関わっている人物も伯爵である可能性がますます濃厚かと」
「……やはり、そうなるわよね」
ラウドの過去と、家を追い出された伯爵家の長男。その二つが今のリーリアにとって有力な情報となるかは分からないが、リーリアは先程父の話を聞いてから、何となく、嫌な予感が拭えないのであった。
「伯爵家のご長男の件、本日の夜、ラウド様にお聞きしてみては?」
「えっ!?あ、そ、そうね………」
リーリアはラウドの名前に、思わず肩を跳ねさせた。
(わ、わたくしったら、何をそんなに慌てているの!今夜会う時だって、普段と変わらず、いつも通り話せば良いだけじゃない……)
しかし、その考えとは裏腹にフラッシュバックするのは、昨夜彼の腕に囚われた記憶。あの時の彼の声までも、生々しく思い出せてしまう自分が憎らしい。
(ラウドに、あんな風に……その、だ、抱きしめられて……ああ、今夜は一体どんな顔をして会えばいいのかしら……)
眉根を寄せたり、目をぎゅっと瞑ったりと百面相していたかと思えば、突然大きくため息をつくリーリア。
マリーはその様子を見て、ある予感がした。
(もしや、昨夜何か進展があったのでしょうか?お嬢様は何もおっしゃいませんが、顔を赤くなさる瞬間もありましたし……あの大魔導士との間で何があったのでしょう?キスされたにしては、そこまで動揺していらっしゃいませんから、抱きしめられでもしたのでしょうか?)
マリーが主人の恋愛模様を冷静に分析していると、遠くで花を摘んでいたマリアが、何かにつまずいて転んだのが見え、マリーとリーリアの意識はそちらに持っていかれた。
「まあ!マリア、大丈夫?」
リーリアが駆け寄ろうとすると、マリアは集めた花をさっと背中に隠した。
「えへへ、転んじゃったわ。でもだいじょうぶ!おねえさまはそちらで待ってて!」
「………?わ、分かったわ」
不思議そうな顔をするリーリア。もちろん隣にいるマリーは、何故マリアがリーリアに隠れるように花を集めているかという事ぐらい分かっているが、それを口に出すような無粋な真似はしない。
マリーは姉妹の微笑ましいやり取りを目の当たりにし、改めて願いを強くした。リーリアの恋が報われて欲しいという思いもあるが、もう一つ。
ラウドの伯爵捕縛計画が上手くいき、この穏やかな日々が今日で終わらない事。それこそが、マリーの何よりの願いなのであった。
一方、王宮内のとある一室。
部屋に張り巡らされたステンドグラスが、外の光を取り込んで、ぼんやりと怪しげな光を発しているその部屋の中には、一人の女性が佇んでいた。女性が広い部屋の中を当てもなく歩き、窓を眺めていると、部屋の扉が開かれた。
女性はパッと振り返る。
「ごきげんよう、アレン様。アレン様の方からお誘い頂いたのは久しぶりですから、とても嬉しいですわ!」
「そうかい?でも毎日会っているじゃないか」
「え〜?でも最近はアレン様のお部屋で、少し会話するだけじゃないですか。しかも会話の内容と言ったら、業務連絡とか近況報告ばっかり!少しは今後の2人の事も話し合いましょう?」
「ははっ、この件が無事に終われば、その後にいくらでも話し合うよ。それで?魔導会を一網打尽にする計画の実行は、明後日の夜だったかな?」
「はい!そうですわ」
「それと、衛兵を何人か手配しておく。魔導会の場所は既に突き止めているんだったね?抜かりなくやってくれよ?」
「ええ、もちろん!ガイル伯爵ともしっかり確認をしましたし、確実に魔導会を潰せますわ。ふふっ、そしたらちゃんと、ご褒美くださいね?」
「……ああ、分かっているさ」
アレンはミシェルに背を向けた。彼の目は冷え切っており、そこには怒りともとれる鋭さがある。アレンの心中には、ミシェルへのどす黒い感情が渦巻いていた。
しかしミシェルはそれには気づかず、浮かれた様子でアレンの腕にしがみついた。
「そうそう、今思い出したんですけど、この前リーリア様と廊下でお会いしましたの!それで、なんとリーリア様、私と伯爵が繋がっていることをご存知でしたのよ?それに、私に言いがかりを付けようとしてきまして、本当に可笑しかったんです」
「……言いがかり?」
「何でも、伯爵が金にものを言わせて、貧民街の子供から魔力を奪っているだとか!もし本当だとしても、私はそんな事知りませんから、弱味にもなりませんのにね。でも、リーリア様も私にアレン様を奪われないように、必死に頑張っていらっしゃるんだな、と思って!ふふふっ」
「………へえ、そんな事があったのか」
ミシェルがクスクス笑うたびに揺れる、彼女のピンクブラウンの髪から目を背けるように、アレンはさりげなく自分の腕に添えられた手を退けた。
「まあとにかく、今日の要件は以上だ。さあ、今日のところはお開きにしようか。もう自分の部屋に戻ってくれて構わないよ」
「もう、それって『帰れ』って言ってるのと同じですよ?本当に、最後まで私になびいてはくれないんですね!でも冷たいアレン様もかっこいいです!」
ミシェルはうふふっと笑って両頬に手を当てた。アレンはそれに一瞬顔を歪めたものの、すぐに取ってつけたような笑みを貼り付けた。
「それはどうもありがとう。破魔の力の使い手である君にそう言ってもらえて光栄だ」
「私も、自分の力には本当に感謝しているんです。だって、この破魔の力のおかげでアレン様と親しい間柄になったと言っても過言ではありませんからね」
ミシェルが手を前にかざすと、そこから溢れたまばゆい光が部屋中に広がった。
光は幾千もの細い線となって、ミシェルの周りを取り囲む。桃色がかった髪が光に照らされて金色に輝き、なびいている。
その様子だけ見れば、まるで天使が光と戯れているかのようだ。
そんな幻想的な光景の中で、ミシェルはすっと目を細め、勝ち誇ったように笑った。
「破魔の力は、どんな強力な闇も呪いも打ち破ってしまう力。ねえ、アレン様?冷たいあなたも素敵ですけれど……あんまり冷たいと、私、アレン様が作り出した闇を、うっかり払ってしまうかもしれませんよ?」




