消し去られた長男
「お久しぶりです、お父様。アレン様に許可を頂き、帰って参りましたわ」
そう挨拶すると、父ベルモンドは珍しく満面の笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、リーリア。そろそろお前の顔が見たいと思っていたところだ。マリーも元気にしていたか?」
「はい、おかげさまで」
「さあ、ではマリーも含め、全員で茶でも飲もうではないか。話したい事が山ほどあってな」
ベルモンドがそう言うと、事前に用意していたらしいメイドらが、ティーセットを手に入室してきた。
お茶の用意も整い、シュバルツ家は久しぶりに家族全員でテーブルを囲んだ。
「さて、まずは、お前の話が聞きたい。王宮暮らしはどうだ?殿下とは上手くやっているのか?」
「基本的に、不自由はしておりませんわ。少し息苦しさは感じますが、気になるほどではございません。殿下とは……まあ、それなりに上手くやっております」
「そうか、それなら良い。それで、ミシェル嬢の件はどうなった?殿下が婚約破棄を言い出しそうな素振りなどはあるか?」
「それが、全くの逆でございますの。少なくとも昨日アレン様とお話しした際は、否が応でもこの婚約を成立させる、というご様子でして……。 アレン様は、ミシェル嬢との事については、数日中に決着がつく、と仰っていますわ」
「ふむ、そうか……」
ベルモンドは顎を撫でた。
リューネはリーリアに問いかける。
「それでは、私が昨日お城に押しかけた後、殿下とのお話では、あまり良い結果が得られなかったということね?」
「……はい、お母様」
「まあ、そうだったの。もしこうしてリーリアを一度でも返してもらえなかったら、今頃国王陛下に直訴するところだったわ。ねえ、あなた?」
「ああ、全くだ。それで、リーリア。殿下はミシェル嬢との一件を、どう終わらせるおつもりなのだ?」
「……それもお聞きしたのですが、破魔の力を奪う、と仰るのです。しかし、それ以上の事は教えてはもらえませんでした。ですが、それとは別に、改めてお伝えしたい事がありますの。……これは、お茶会の時に分かった事なのですが、少しバタバタしていて、お父様とお母様にはお伝えしておりませんでした。実は、わたくしの魔力を封印したのは、どうやらガイル伯爵である可能性が高いのです」
リーリアは父の瞳を見つめた。すると、父は動じる事もせず、軽く頷いた。
「ああ、その事は既に知っている」
「……え?ええと、いつからご存知だったのですか?」
「いや、お前が王宮で暮らし始めてから、魔導会の者を名乗る奴が、ちょくちょく文書をこちらに渡しに来るようになってな」
「それは、黒髪……あるいは、青い髪の男性ですか?」
「いや、髪の色は赤毛だったな」
リーリアは、はっと思い当たった。魔力査定の時にヴィンセントとポムじいとは違う場所に立っていた、名も知らない魔導士たちの1人に、赤毛の男性がいたような気がする。それに、ラウドが自ら姿を現すはずがないと納得したリーリアは、父に尋ねた。
「その文書には、何と?」
「お前の封印について、分かっている限りの情報と、魔導会の計画が送られてきた。お前を助けるための、伯爵捕縛計画だ」
「まあ、そんなことまで!」
ラウドは自分の知らないところでそんな事までしていたのかと、リーリアは驚いていた。
「まだ驚くには早いぞ。お前が王宮で暮らしていた数日の間に、リューネと協力し、ガイル伯爵について探っていたのだがな、なかなか興味深い点がいくつか見つかったのだ」
リューネも、リーリアに向かって微笑んだ。
「愛娘が王宮に連れ去られている間に何もしないようでは、親として失格でしょう?」
「……お父様、お母様、ありがとうございます」
「それで、まずは伯爵の家族構成なのだが……先日の茶会に来ていた息子、レイゼントは次男だというのは知っているか?」
「ええ、お会いしましたわ」
「だが、伯爵の長男、その人物は、幼い頃に親子の縁を切られているようだ。その為家系図にも載ってないし、誰もその存在を知らない。リューネが噂好きのご婦人方に会って調べてきたところ、どうやら不敬罪が理由らしい。だが、そんな一人前にもなっていない子供が、不敬罪で家を追い出されるとは、少々不自然だと思わんか?」
「……ええ、その方は何をしたのでしょうか」
「確実な情報は掴めなかったが、どうやら、王家への協力を拒んだという理由なのだそうだ。しかしだな、昨日リューネが王宮を訪問した際、国王陛下にお会いしたのだが、これがまた妙なのだ」
「そうなの。国王陛下はね、そんな子供をご存知ないと仰ったのよ」
「……え?」
「私もね、最初は陛下が知らないフリをしていらっしゃると思ったのよ。でも、その後少し会話してみたら、本当にご存じないみたいなの。ねえリーリア、もしこの噂が本当だとしたら、この“王家”が指しているのは誰になると思う?」
リーリアは考えを巡らせ、ハッと思い当たった。
「……まさか、アレン様ですか?」
「そう、その可能性が否めないわ」
「ですがアレン様も、その時はまだ幼いはずです。その年齢で何か企み事をするでしょうか?」
「……分からないわ。でも、逆に言えば、まだ熟していないからこそ、国王陛下に言えないような事をやってしまう、という事はあり得るでしょう。それに、10歳ほどであれば、企み事くらい、出来てしまうでしょうね」
だが、伯爵の長男が王家の為に求められた事は何だったのか。それについては分からないと、リューネはそう言った。
ベルモンドはリーリアを見据えた。
「とにかく、伯爵が今、ミシェルと手を組んでいると聞いたが、それ以外の可能性、殿下と伯爵の共謀という線にも、目を向けてみるべきだ」
「……殿下と伯爵の、ですか」
「ああ、ガイル伯爵の一族は魔法に優れているという話もあるし、その長男の一件も魔法絡みなのかもしれないのだ。だが、王家はそもそも魔力が強いからな。わざわざ幼い子供に魔法に関する協力をするかどうかは疑問だが……」
「なるほど……ご助言ありがとうございます。お父様もお母様も、お手を煩わせてしまい申し訳ないですわ」
「なに、これは公爵家に関わる重大案件だからな。当然の事だ」
「そうよ、リーリア」
「……ありがとうございます」
両親というものはこんなにも心強いものなのだと、リーリアは久しぶりに安心感を覚えた。父も母も、こんなにも自分を支えてくれている、その事が身に染みるようだった。
「さて、私たちが教えられるのはこれくらいかしらね。リーリア、もし良かったら、今からマリアと何処かお出かけでもしてきたらどう?」
「まあ、是非そうさせて頂きたいですわ。マリア、いいかしら?」
「うん!わたし、おねえさまと一緒がいい!」
(あああ……可愛い。やっぱり久しぶりのマリアは癒しだわ。目に入れても痛くないとは、まさにこういう事を言うのよね……!)
リーリアは涼しい顔で目を閉じているように見えるが、内心では妹への愛が爆発しているということを、この場にいるマリア以外の全員が分かっていた。
「ではお嬢様、私もご一緒させて頂きます」
「ありがとう、マリー。マリア、何処か行きたい場所はある?」
マリアはうーん、と考え込んだ後、はっと顔を上げた。
「お花畑!お花畑にいきたいです!」
「ええ、分かったわ。お花畑ね?では、早速出発しましょう」




