大魔導士ラウド
「は?1週間後に結婚って……いきなりどうしたんだよ」
「アレン様が、ミシェルをここから追い出す手筈が整ったって仰っているの。もしそれが上手くいったら、この婚約を妨げるものは無くなるでしょう?だから、」
「でもお前は、あいつが胡散臭えから、この婚約に頼らずに、家を守りたいって言ってたじゃねえか。だから俺たちと手を組んだんじゃねえのか?それとも、今はもうあいつと結婚したいとでも思ってんのかよ」
「確かについこの前まではそう思っていたわ。でも今はもう状況が違うの。アレン様は、別にミシェルと浮気していたわけではなかったわ。わたくしを愛してくださっているの。だから、こうするのが公爵家にとっては最善の道なのよ」
「じゃあ聞くけどよ、それはお前にとっても最善の道と言えるのか?」
「………ええ、もちろんよ。だってわたくしは、シュバルツ家の未来を、マリアの未来を守りたいんだもの。それがわたくしにとっての幸せなの」
「へえ、じゃあお前にとってその結末は、願ったり叶ったりのハッピーエンドって事なんだな?」
「……ええ、そうよ」
「だったら、その顔は何なんだよ」
「え……?」
ラウドは真っ直ぐに彼女を見つめていた。
その瞳はなぜか、少しだけ怒っているように見える。
「自覚ねえのか?お前、さっきから王太子の結婚が良い事だ、なんて散々言ってるけどよ。だったら、なんでそんな苦しそうな顔してるんだよ」
「そんな、わたくしは、」
「聞け、リーリア。いいか?俺に嘘つくのは別に構わねえ。けどな、自分にまで嘘つこうとしてんじゃねえよ」
リーリアはその目を見開いた。
ラウドの言葉が真っ直ぐ、心の奥の方に突き刺さって、上手く息が出来ない。
ラウドはそんなリーリアを見てため息をつくと、リーリアに背を向けた。
「俺に弱いところ見られたくないなら、こうやって後ろ向いててやるよ。だから、お前が、お前自身がどうしたいのか、もう一度よく考えろ。その上でお前が同じ結末を望むのなら、俺は止めねえ」
(……わたくしは、)
確かに彼女は、アレンとの結婚を心から望んではいなかった。彼女は、目の前で自分に背を向ける、この大魔導士と出会って、誰かに恋をするということを知ってしまった。だが、彼女は、もしも自分の恋心を優先しようものなら、代わりに大切なものを失ってしまうことも分かっていた。
ラウドが黙って彼女の言葉を待っていると、彼の後ろで、リーリアは震える声を絞り出した。
「……自分でも、どうしたらいいか分からないの。アレン様を嫌いなわけではないわ。でも、あなたに会ってから、わたくしは自由になりたいと願ってしまった」
「………。」
「だけど、家族の幸せがわたくしの幸せでもある。それは変わらないわ。だから、もしわたくしが私利私欲のためにこの婚約を捨てて、そのせいで公爵家が落ちぶれてしまうのは、耐えられないの」
「……………。」
「自由に生きてみたい。結婚する相手も自分で決めたい。好きな時に好きな場所に出かけたい。でも、公爵家を、妹の将来を守りたい。守らなくてはならない。ねえ、ラウド、わたくしは、この矛盾した我儘を、どうしたら良いのかしら。どちらを選べば良い?」
リーリアの視界で、ラウドの背中がぼやけた。彼女の目には涙が溜まっていた。
「選ぶ必要なんて、無いんじゃねえか?」
「え……?」
「我儘でも別に良いじゃねえか。それがお前の願いなら、両方とも叶えちまえよ」
「そんなこと、出来るの……?」
「おいおい、お前の協力相手が誰なのか、忘れてねぇか?」
ラウドは、ゆっくりと振り返った。
「俺は、この国の大魔道士様だぜ?そして、“神聖で謎多き魔導会”を手中に収めているんだ。この俺に出来ないことなんて無いに決まってんだろ?」
リーリアは涙を拭うのも忘れて、自信満々に、挑戦的に笑っている彼の表情に視線を奪われた。
「それに、前にも言ったろ?ほら、あの時だよ。お前を俺の家に案内した帰り道だ。お前を魔導会で保護してやる、って」
「あ………」
「お前には全く知らせていなかったが、こっちはこっちで、色々と準備してたんだよ。まあ、こんな事になるとは思っていなかったんだが、あと1週間だろ?ギリギリ間に合うと思うぜ」
「保護って、いったいどんな理由で?」
「お前にかけられた、その封印を利用する。端的に言えば、お前にとんでもねえ封印がかけられているという事を正式に証明し、その封印を解くのを口実に、お前を魔導会で保護する。あの舞踏会の時のように、“神聖な”魔導会を演出すれば、まあ大抵のやつは騙せるだろう」
「証明ってことは……わたくしが、もう一度封印を破ろうとしてみれば良いってこと?」
「いや、それだとお前にかかる負担が大きすぎる。それよりも、もっと良い方法がある。リーリア、少し体の力を抜いて、リラックスしてみてくれ」
そう言われ、リーリアはゆっくりと深呼吸をした。
ラウドは目を閉じて、リーリアに向かって手を伸ばした。彼の両手がぼんやりと淡い光を放つ。
リーリアの体から光が浮かび上がって、そしてラウドとリーリアの間にふわふわと移動してきた。
ラウドは目を開けてその光を確認すると、満足げな笑みを浮かべた。
「よし、上手くいったな。この光は、お前にかけられている封印そのものだ」
「これが……?」
金色に輝く光は、まるで絡まってしまった毛糸のように、複雑な形をしている。
「そして、もし俺がこれに触れると……」
ラウドが片手を伸ばしてその光に触れた瞬間、バチッ!と爆ぜるような音がして、ラウドはすぐにその手を引っ込めた。
「うわ、思ったより痛え……まあ、封印をかけた本人以外が触れると、こうなるんだ」
「すごい!封印がこうして目に見える形になるなんて……!」
目を丸くしているリーリアに、ラウドは得意げな顔をした。
「封印に関する魔導書を読み漁って、ようやくこの技を会得したんだ。ま、どんな難しい技でも、俺に出来ねえ魔法はねえって事だ」
「では、これを使って、わたくしに封印がかけられている事を証明するつもりなのね?」
「まあな。だが、お前の保護を王家に認めさせるためには、伯爵の悪事も暴く必要がある。あいつ、俺の正体が大魔導士だと知っているからな。確実に勝つ為にも、伯爵の悪事を証明するしかねえ。だから伯爵をとっ捕まえて、公の場でこれに触れさせる」
「なるほど……!」
「それにしても、この封印、ほんと厄介な形してるよな」
ラウドは封印をまじまじと見つめた。そして、怪訝そうに眉を寄せた。
「あ?これ、もしかして……」
ラウドは指先に温かい色の光を灯すと、封印に触れないようにしながら、ある一点に手をかざした。
「……おいおい、まじかよ」
「どうしたの?」
「この封印、氷の魔法によるものじゃねえ。光だ」
「でも、伯爵は氷の魔法を使っていたわよね?もしかして、犯人は伯爵ではないと言うの?」
「いや、別に一つの力だけしか使えないって事はねえよ。属性ってのがあっただろ?属性は、個人が生まれつき持っている力、得意とする力の事だ。だから、伯爵は氷の魔法を得意としている筈なんたが、これは光の力で、しかも相当高度な封印だ」
ラウドは封印をリーリアの中に戻し、力を抜いた。
「それが、何か問題なの?」
「まあ、そこそこ問題だな。俺の属性は闇なんだが、闇は光と相性が悪い。これを解くとなると、相当力を消耗しそうだと思ってな」
「でも、ラウドの力は伯爵の力よりも強いんでしょう?」
「もちろんだ。だが…あいつの力は侮れねえぞ」
「そうなの?」
「ああ。伯爵は、街でも魔力を持つ子供を攫ったりしていただろう?魔力を他人から奪うには、そいつが持つ魔力よりも、かなり強い力を持っている必要がある。つまり、人々の力を集めるだけの力が伯爵にはあるってことだ」
「でも、魔力を集めて、何をしようとしているのかしら?ミシェルも伯爵のその行為を知らないみたいだったし……」
リーリアは、先ほどミシェルが言っていた言葉をラウドに伝えた。もちろん、彼女が魔導会に何かをしようと企んでいることも添えて。
「そうか……まあ伯爵の目論見に関して、現段階では何とも言えねえが、全く、あの女、俺たちに何するつもりだよ」
ラウドの顔には、面倒臭いと書いてあるのが丸わかりだ。彼は部屋にあった椅子に、どかりと腰掛けた。
「ま、うだうだ考えていたって仕方がねえ。あと1週間しかねえんだ。とにかく、出来ることをするぞ」
「ええ」
「伯爵はまだ街でも動いているようだし、俺たちは動きを探って、あいつをとっ捕まえる計画を立てるぜ」
「分かったわ。わたくしに出来ることは少ないけれど、とりあえず、出来るだけアレン様とミシェルの様子を探ってみるわ」
「ああ、無理だけはすんなよ?……しばらく別行動になっちまうが、なるべく毎晩顔を出すぜ」
リーリアはその言葉に、心が温かくなった。
「あなたには、助けられてばかりだわ……本当にありがとう」
「気にすんな。明日の夜、窓開けとけよ」
「……ええ」
ラウドは片手を上げて、窓から帰っていった。リーリアは窓から身を乗り出した。
ラウドが風を操りながらゆっくりと地面へと降りていく。リーリアは魔力査定の夜、封印でリーリアが苦しめられていた時にも、彼はあんな風に2階から降りてきたのを思い出していた。
空はもう橙色に染められて、太陽は地平線に沈みそうだ。
明日この太陽が昇れば、リーリアにとって長いようで短い、7日間が始まる。
ラウドの姿が見えなくなった後も、リーリアはマリーが部屋に入ってくるまで、夕暮れの空をしばらく眺めていた。
筆者より
初めて後書きを書かせていただきます。皆様、いつも誤字報告や感想、そしてブックマークや評価など、ありがとうございます。
サブタイトルはあえて、今更ながらこのフレーズを選びました。
この物語も最終章に突入しております。最後まで見守って頂けたら幸いです。




