すれ違う2人
「リーリア様、お久しぶりでございますわ。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「まあ、ソフィア様!こちらこそ、お越しいただき大変嬉しく思っておりますわ」
本日の来客が続々と到着する中で、リーリアの元にも挨拶しようと、何人ものご子息、ご令嬢が絶えず訪れた。
ただ、いつもなら流れ作業のように行われるそれが、今日は、特にご令嬢の場合に限り、余計に時間がかかっていた、
この令嬢も例外ではなく、先ほどからリーリアの横に視線が釘付けだ。
「あ、あの……リーリア様、そちらの方は……」
「こちらは、公爵家に仕え始めてから間もない執事ですの。今日は社交界の場数を踏むために、わたくしの側に置いているのです」
「そ、そうですのね……」
令嬢は見惚れているような様子でラウドを見つめている。ラウドはそんな令嬢にさらりと微笑むと、令嬢は顔を赤らめて逃げるように去っていくのだ。
(全く、これで何人目よ……)
リーリアは内心で深いため息をついた。恨みを込めてラウドの方をちらりと見ると、今も腹立たしいくらい完璧な立ち姿をキープしている。
その後も同じような症状の令嬢たちを相手にし、やっとのことで挨拶が終わった頃には、リーリアはすっかり疲れ果てていた。
リーリアは周りに誰もいないのを確認すると、ラウドにひそひそと話しかけた。
「もう、あなたのせいで挨拶がいつもの倍の時間かかったじゃないの」
「そんなん知ったことか。俺のせいじゃねえよ。……くくっ、それにしてもあいつら、面白えくらい俺に見惚れてんのな?」
確かにラウドの容姿は整っているし、完璧に猫を被っていてもどこか怪しい魅力を放つ彼に、普段箱入りの生活をしている令嬢方が惹きつけられるのも、無理はないのかもしれない。
だが、リーリアは何だか面白くなかった。
「……まあ、男性に優しく笑いかけられただけで、すぐ虜になってしまうような女性もいますからね」
「ははっ、見ろよあの令嬢。今も俺のこと見つめてやがる」
「…………。」
面白そうに目を細めているラウドを見て、リーリアはつい尖った声を出してしまった。
「そんなに貴族令嬢とお近づきになりたいのなら、お好きな茶葉でも聞いてきたらどうかしら」
「あ?お前、何で怒ってるんだよ」
「怒ってなんかいません」
「ほらそれ。めちゃくちゃ怒ってるじゃねえか」
「とにかく、女性をたらしこむような執事なら、わたくしの側にはいりませんわ」
リーリアはぷいっとそっぽを向くと、目当てのテーブルに向かって歩き始めた。ラウドは理解できない、という顔をしつつも、黙ってリーリアについてきた。
リーリアは、普段比較的仲良くしている令嬢たちが座っているテーブルにやって来た。
「皆さま、こちらにお邪魔させていただいてもよろしくて?」
「まあ、もちろんですわ、リーリア様」
「どうぞ、おかけになって」
ラウドはティーセットの載ったワゴンを運んでくると、お茶を淹れ始めた。その様子を見て、令嬢たちはひそひそと話し始めた。
「ねえ、あちらの執事の方、すごく素敵だと思いません?」
「ええ、私もそう思っておりましたの!」
「優しい微笑みをたたえていらっしゃるのに、それでいてどこかミステリアスというか……」
「そうそう、まさにそんな感じですわよね」
「ねえ、リーリア様、あの方、お名前は何と?」
「ええと……ラウシュといいますわ」
「ラウシュ様というのですね……!
リーリアは風に吹かれて顔にかかった前髪を鬱陶しく思い、手で直しながら、心の中に広がるトゲトゲとした感情を持て余していた。
(ここでも話題の中心はラウドなのね。ご令嬢方はなぜ揃いも揃って彼に夢中なのかしら)
しかしその話題も、ラウドがティーカップとケーキの載った皿ををテーブルに並べ始めたことで、ぴたりと止まる。
ある令嬢が、意を決してラウドに話しかけた。
「……あ、あの!ラウシュさん、こちらのお菓子は何ですの?」
「こちらは、チョコレートの土台の上に、カシスとブルーベリーのムースが載ったものになります」
「まあ……ありがとうございます」
ラウドが微笑みかけ、令嬢が熱っぽく彼を見つめる。
リーリアの苛立ちは最高点に達していた。
(やはり、ラウドが執事役を買って出たのは、ご令嬢とお近づきになるために違いないわ。ああ、もう。ラウドを見ていると、何だかイライラするわね)
ラウドはそんなリーリアの横顔を見つめていた。
リーリアは必死で平静を装っているものの、ラウドはリーリアが内心苛立っていることに気付いていた。
(あいつ、本当にどうしたんだ?何が気にくわねえってんだよ。我ながら完璧に公爵家の執事役をこなしてるつもりなんだが……変なやつだな)
ラウドもラウドで、何が彼女をそこまで怒らせているのか分からず、モヤモヤとしていた。
ラウドが怪訝な顔をしながらその場を少しだけ離れ、次の準備をしようとワゴンの方に向かうと、マリーがラウドの方に歩いてきた。マリーはじとーっとした目で彼を見つめる。
「ラウシュ」
「何だ?」
「あなた、先程からわざとやっているのですか?」
「は?何の話だよ?」
「お嬢様にやきもちを焼かせたいが為に、そんなことをしているのでしょう?」
「やきもち……って、何なんだよ、それ。俺は今のところ失敗してねえし、上手く執事を演じてるだろうが」
そういうと、マリーは額を抑えて深いため息をついた。
「はあ………もう良いです。仕事に戻って下さい。私から話すことはもうございませんし、その状態のあなたに教えて差し上げるのもなんだか癪ですしね」
「は?いや、だから何の話だ?」
「それでは、引き続きよろしくお願いします」
「って、おい!」
マリーは咎めるような視線をラウドに向けながら、くるりと背を向け去っていった。
(リーリアといい、あのメイドといい今日はいったい何なんだよ……)
ラウドはマリーに何を咎められているのか全く分からなかったが、リーリアが不機嫌な理由をマリーは知っているのだろう、ということは分かった。
(やきもちって、何の話だ?俺があいつに……じゃないとすれば………まさか、あいつが俺に、か?)
ラウドは咄嗟に口元を手で隠した。
(おいおい、マジかよ……いや、違うのか?でも、もしそうだとしたら、あいつは俺に惚れてるってことじゃねえか)
しかしラウドはつい浮き足立ってしまう心を押さえつけ、前髪をくしゃっと掴んだ。
(いや、でもまだそうと決まったわけじゃねえ。それに、もしそうだとしても、駄目だ。俺が本気になったら駄目なんだよ。あいつは、貴族なんだから)
彼もまた、自分の中に存在する相反する感情を、無視することは出来なくなりつつあった。




