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公爵令嬢のとんでもない勘違い  作者: 夏の柴犬
30/66

迫りくる危機


 その頃、マリーはリーリアに頼まれた物を届けるべく、ウィーゼルへと向かっていた。


 しかし、いつものように大通りから細道に入り、道の先にウィーゼルが見えてきた頃、この場所には似つかわしくない華やかなドレスと、桃色がかった髪が見えて、マリーは素早く左の路地に身を隠した。


(なぜ、男爵令嬢がこのようなところに……?)


 そのピンクブラウンの髪の令嬢は、ミシェルだった。しかしミシェルは一人ではなく、その隣にはフードを目深にかぶった、身なりの良い男性がいた。


(あのフードの男性はまさかアレン殿下……?いや、それにしては背丈が高すぎますから、別の人でしょうね


 男はウィーゼルを指差し、何かをミシェルに囁くと、ミシェルは満足そうに微笑んだ。それから二人は少しだけ言葉を交わすと、すぐに踵を返し、今来た道を戻ろうとした。それを見たマリーは、急いで路地裏にあった樽の影に身を隠した。

 マリーは二人が近くを通り過ぎるのを待ち、遠ざかる足音が聞こえなくなったのを確認して、路地裏から道へと飛び出した。マリーはウィーゼルへ向かうのを後回しにして、二人を尾行することにしたのである。


 男とミシェルはそこまで親しくはないようで、一定の距離を保ったまま、ミシェルの表情も、上辺だけの笑顔を貼りつけているように見える。


 しばらくすると、ミシェルと男は立ち止まり、別れを告げるようなそぶりを見せると、別々の方向へと向かって行く。男は脇の細道に、ミシェルは大通りの方に歩き出した。マリーはどちらを追うか迷ったが、ミシェルはこのまま帰るのだろうと予測し、男の方を追うことにした。


 男は何度も道を曲がり、道幅はどんどん狭くなっていく。


(……どこへ向かっているのでしょうか?)


 歩みを進めるにつれて、街並みはすっかり廃れた様子へと変化し、男はそのまま貧民街へと入っていった。


 男が足を止めたのを見て、マリーはすぐさま建物の影に身を潜めた。


 男がある家の戸を叩くと、中からボロボロの身なりをした少年と、小さな男の子、それに一人の女性が出てきた。どうやら三人は家族のようだ。男は銀貨を三枚取り出すと、母親の手に握らせた。母親はお金を受け取ると、少年の肩を抱いた。


「本当に行ってしまうのかい?母さんやっぱり心配だよ」


「大丈夫!死ぬわけじゃねえんだから!俺が行けば、母さんもちょっとは良いもん食べれるだろ?」


「あの、この子は本当に無事に返してくれるんですよね?」


 母親が必死に男にすがると、男は頷き、その手を振り払った。そして男は少年の腕を掴むと、これ以上待っていられないとばかりに歩き出した。母親は思わず手を伸ばし、小さな男の子はその少年の名前を何度も呼び、泣き出してしまった。


(なんて乱暴な……!あの男は何をしようとしているのでしょう。あの少年、帰ってこれるということは、ただ売られたわけではなさそうですね)


 マリーはそのまま後を追い続ける。


 男に手を引かれている少年の表情には、家から離れるにつれ、どんどん不安の色が滲み出ている。


「……おじさん、これからどこに行くの?」


 少年の問いに答えることもせず、男は少年を引きずるように歩いていく。男は家が見えなくなるところまで歩くと、突然立ち止まった。


 そして、少年を掴んでいた手を離すと、少年の首に勢いよく手刀を叩き込んだ。


 その光景を見たマリーは、危うく声を出してしまうところであった。


 意識が無くなり、崩れるように倒れた少年。それを男は担ぎ上げた。


 マリーはなんとか息を整えようとしたが、あまりの出来事に動悸は早まっていく一方だ。男が通り過ぎるのを息を殺して待とうと決意した瞬間、マリーは手の震えを抑えられず、持っていた荷物を落としてしまった。


 男は振り向いた。


「……先ほどから何やら視線を感じると思っていたが、やはりつけられていたか」


(……まずい!)


 マリーは荷物をさっと拾い上げると、走り出した。

 この道がどこに続いているのかも分からないが、マリーは身の危険を感じ、そのまま必死に足を進め、道を何度も曲がり、男を撒こうとした。


 しかし足音はどこまでも追ってくる。


 マリーはついに力尽き、走るのをやめて後ろを振り返った。男はマリーが止まると速度を緩め、ゆっくりと歩いてくる。男はフードを目深に被っていて、顔を見ることはできない。


(さて、どうしましょうか……)


 男から視線を逸らさずに、しかし周囲の状況に意識を向けながらマリーが後退りしていると、男がその口元を歪めた。


「私の後をつけるとは、いったいどんなネズミなのかと思ったが……なるほどな」


 マリーを見て何かを理解したらしい男の様子を見て、マリーは警戒心を強めた。


(どういうこと?今はメイド服を着ていませんが……素性がバレたということでしょうか?でも、なぜ?)


 男はマリーを指差した。


「その荷物は、ウィーゼルにでも持っていく予定だったのかな?」


「……!」


「まあ、どちらでも構わんがね。どちらにせよ、君には今見たことを忘れてもらわねばならない」


 男はマリーに向かって手を伸ばした。するとその手の周りの空間が歪み、手には青白い光が恐ろしいスピードで集まっていく。


(まずい……!この男、魔法使い……!)


 マリーは本能的に勢いよく右に飛び出した。


 飛び出した瞬間、マリーの視界の端で白い閃光がすぐ横を通過し、そのまま勢いよく後ろの地面で砕け散った。


「おや、避けられてしまったか」


 もう走って逃げるしかない、とマリーが後ろを向いて走り出した時、マリーは何かに滑って転んでしまった。


(痛っ……これ、氷!?)


 なんと、先ほどの閃光が爆ぜた場所一帯に、氷が張っていた。尻餅をついてしまったマリーが立ち上がろうと顔を上げると、男の手には再び光が集まっている。光の量は先ほどよりも多く、そのせいか、周囲の温度も急激に下がってきた。


(もう、どうすることもできない……)


 マリーは転んでしまった時に捻った足の痛みで、立ち上がる気力はすっかり失せてしまった。


「残念だが、これで終わりのようだな」


 男の手から、鋭い槍のような氷塊が飛び出した。


 マリーは思わず目をつむった。


 次の瞬間、マリーの目の前で、窓ガラスが割れるような、凄まじい音が聞こえ、マリーは自分の前から、大量の冷気を感じた。


 しかし、予想していたような痛みも苦しみもやってこない。


 マリーは地面に手をついたまま、恐る恐る目を開けようとしたが、いきなり誰かに体を持ち上げられた。


 びっくりして目を見開くと、マリーを姫抱きにしていたのは、ヴィンセントだった。


 マリーの目の前には氷の壁が出現しており、それが男の攻撃からマリーを守ってくれたようだ。


 驚いたままのマリーに、ヴィンセントは素早く囁く。


「詳しい話は後だ。走るよ」


 ヴィンセントはマリーを抱えたまま走り出した。幸運なことに、マリーは荷物を取り落としてはいなかった。




 二人がその場を去った後、男は少年を担ぎ直すと、先ほど自分の攻撃を阻んだその氷の壁に歩み寄り、それに触れた。すると、壁は一瞬で粉々に砕け散った。



 男はフードを目深に被ったまま、口元を歪めた。


「やはり私のあの攻撃を防ぐとは、あいつの魔力は今も健在らしい。それにしても、私の後をつけていたのがあの時のメイドだったとは……我が主に報告せねばな」




 

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