本当の心
次の日、リーリアは朝食を食べ終えるなり、一人で庭へと足を進めていた。目的地はもちろん、6歳の誕生日にリーリアが倒れた場所である。庭の東側を探索していると、思った通り、見覚えのある木苺の茂みを発見した。
(間違いないわ、わたくしが倒れていたのはこの場所ね……)
リーリアはゆっくりと周りを観察し始めた。
その場所は屋敷の裏側に位置しており、背の高い植物も多いため、人目を避けて行動するのに相応しい場所だと言えるだろう。
実際の景色を見て、その日の出来事がだんだんと蘇るような感覚に、リーリアは目を閉じて神経を集中させた。
(確か、あの日は庭にテーブルを出して、立食形式のパーティーを行なっていたわ。そうそう、その時に出された、わたくしの大好きな白ぶどうのジュースが美味しくて、2回ほどおかわりしてしまったのよね……って、これではわたくし、ただの食いしん坊じゃないの。……ああ、でもそのおかげで思い出したわ。ジュースを飲み過ぎてしまったせいで、わたくしはすぐにお腹いっぱいになってしまったのよ。それで、少し歩きたくなって、マリーと一緒にこの近くにあるバラを見に行くことにしたのよね)
食事ではなくジュースでお腹いっぱいになってしまうという、何とも子供らしい失敗を思い出したリーリアは、そこから芋づる式に、その日のことを思い出していった。
(マリーとバラを見ていたら、わたくしと同じか、それより大きいくらいの男の子がお手洗いの場所を尋ねてきて、マリーは途中まで案内する為に一旦その場を離れたわ。そしたら、わたくしは何だか急に眠くなってしまって……。ええと、マリーがいなくなって、眠気を感じて、その後は……?)
リーリアは目をぎゅっとつむって記憶を呼び覚まそうとするが、そこから先のことがどうしても思い出せない。
(駄目だわ。一番知りたい事に限って、全く思い出せないなんて……)
リーリアは諦めて草むらに座り込むと、ゆっくりと息を吐き出した。
(……確か、アレン様もあのパーティーに来ていたわよね。でもあの日アレン様に変わった様子は特になかったし、いつも通りお優しかったわ。……アレン様のわたくしへの接し方は、幼い頃からああだったものね)
当時、アレンは10歳であった。その時すでにアレンとリーリアは婚約者であったが、アレンは絵に描いたような王子様だった。
小さいながらもリーリアの手を取ってエスコートしてくれたり、いつも褒める言葉を欠かさないところなどは、まさに紳士的という言葉がぴったりである。幼いながらも婚約者として立派に振る舞おうとしていたアレンと、それに頑張って応じていたリーリアの様子は、きっと大変微笑ましいものだったに違いない。
(わたくしも、あの時までは、このまま順調に結婚に向かっていくのだと思っていたわ)
思い返せば、アレンとミシェルの姿を目撃してから、あまりにも色々なことがありすぎた。だからリーリアは、アレンと自分の過去を、今ようやくゆっくりと振り返ることができたのである。
アレンがミシェルと親しげな様子だと噂に聞いて、それをこの目で確かめて。
このままでは良くないと思い、なんとか魔導会と手を組むことができて。
しかしアレンは、ミシェルを懇意にしているのは仕方のないことで、ミシェルに対して愛はないと、そう言う。
だが、もしかしたらその言葉は偽りで、自分を騙そうとしているのかもしれない、と思うと、リーリアは公爵家の長子として、その言葉を信じることは出来なかった。
(……でも、公爵令嬢としてのわたくしではなく、わたくしの本心は?)
リーリアは自分の胸に手を当てた。
(……アレン様のことを愛しているか、なんて考えたこともなかったわ。だって、アレン様との婚約がわたくしの定めで、進むべき道だとしか思っていなかったもの。別に、ミシェル嬢に対して嫉妬の感情も生まれないわ。でも、アレン様のことを嫌いだったわけでもない)
リーリアは、誰かを好きだとか、愛しているだとか、そういう感情について、自分が全く理解していないということに気づいた。家族に対する愛情とは違う、異性に対するそれについて、考えたこともなかった。
(アレン様は、わたくしのことを愛しているのかしら……)
先日、アレンはリーリアを必ず守ると言っていた。もし、アレンが本当に裏切っていないとして、彼が言う通り、ミシェルの企みを阻止することが出来たなら、そうしたら、元どおりの日常に戻るのだろうか。
(……それは……少し、寂しいわね……)
ここ最近のリーリアは、公爵令嬢らしからぬことばかりしている。街を歩き回ったり、助けた子供にバカと言われたり、身軽なドレスを着たり。
今まで公爵家のご令嬢として生きてきたリーリアにとって、ラウドと出会ってから、目にするもの全てが刺激的で、どれもこれも生まれて初めてのことばかりだった。
リーリアは初めて、自分の肩書きに息苦しさを感じた。
(でも、駄目よ。わたくしがしっかりしなければ。だって、わたくしはシュバルツ家の長女ですもの)
最近は街に出ることが多く、意識が別のところに向かっていたが、家族を守るのは自分なのだ。
アレンにせよ、別のご子息にせよ、家のためになる婚約であれば、喜んで受け入れよう。
そう意気込んで、リーリアは立ち上がり、屋敷に戻るため歩き出した。
自分の心に、もう一度鍵をかけて。




