惑わされる
リーリアとマリーがウィーゼルを去った後。
ラウドは階段を上り、二階にある自分の部屋に向かった。ウィーゼルの二階部分は魔導士たちがそこで寝泊りできる場所になっており、部屋がいくつも存在している。
因みに、万が一宿泊場所を求めて客が来てしまった時には、この階の空き部屋を提供するという利用方法もある。
部屋に入るなり、ラウドはベッドにどかりと腰掛け、深くため息をついた。
自覚はしていたが、やはり最近の自分はどこかおかしい。
(俺がこんなに、誰かに深入りするなんてな)
出会いはあの舞踏会だった。
あの公爵令嬢を踊りに誘ったのは、単なる暇つぶしのつもりだった。それに、彼女から、何だか妙な魔力の気配を感じ取ったからだ。思った通り、踊っている時に魔力を見ようとしてみると、確かに魔力の存在は感じられるのに、何かに阻まれているようで、ラウドですら見ることができない。そんな不思議な現象は初めてだった。
だが、それよりも興味を惹かれたのは、彼女が見せる、くるくると変わる素直な表情だった。
自分が挑発の言葉をかければキッと睨みつけ、そうかと思えば得意げな顔でやり返そうとしてくる。ラウドの言葉に飾らない反応を見せる彼女に、知らないうちに惹きつけられていた。
リーリアは、ラウドが知っている貴族とは、かけ離れている。
そんな、自分が魔力を読み取れない彼女が、魔力査定を受ければどうなるのだろう、と思いホールの二階から見ていれば、彼女は男爵令嬢絡みで貴族たちから好奇の目に晒されていた。それを助けるつもりはなかったが、彼女の査定で何か起きるだろうと予測して、ラウドはポムじいに指示を飛ばし、順番を最後にさせたのだ。
(そうしたらあいつ、倒れやがったんだよな)
ラウドはあの時の焦りを思い出した。苦しそうに顔を歪め、倒れ込んだ彼女。
そんな彼女を間一髪で助けることができて、そうしたら彼女に手を貸して欲しいと言われ。
ラウドは、信用のおける貴族を味方につけておけば色々と便利だという考えの元、協力することを決めた、はずだった。
しかし、蓋を開けてみればどうだろう。
あの令嬢に、どれだけ自分の調子が狂わされているのか。
今日だってそうだ。
無理やり外へ連れ出したのは、彼女が貴族という肩書きから逃れた時に見せる、ありのままの顔が見たいから。
昔の家に連れて行ったのはリーリアに話したように、ラウドなりの誠意のつもりでもあるが、同時に、彼女に自分の過去を知ってもらいたかったから。
それに、帰り道。行き遅れたら貰ってやると彼女に言ったのは、いつものように冗談で揶揄ってやるつもりだった。だが言い返してこない彼女を横目で見てみれば、彼女は眉根を寄せて、頬を赤くしていて。
まるで自分に恋をしているかのような表情に、不覚にもどきりとして。
ラウドはそこで回想をやめ、息を吐き出した。
(やめろ、これ以上先は考えるな。あいつは、貴族なんだ。しかも、公爵令嬢だ。俺なんかが掻っ攫っていい相手じゃねえ)
そう考えて、自嘲気味に笑った。
(俺とあいつは今まで通りの関係でいい。お互いの目的の為に、協力するだけの間柄だ)
自分が挑発して、彼女が怒って。だけどそれより先には踏み込まない。そんないつも通りの関係を、壊さないようにしよう。
ラウドはベッドの上に大の字に寝転ぶと、目を閉じた。
まぶたの裏に浮かんだのは、服屋で自分にくるりと回って見せた、リーリアの花が咲くような笑顔だった。
 




